むもーままめ(19)失われた焼肉店を求めて、の巻

工藤あかね

今の家に引っ越す前、かなりのんびりした街に住んでいた。
駅からは遠く、少しアップダウンもあったので、
とくに疲れて帰る日や雨の日は、
駅から家に戻るまでに、かなり体力を消耗するのが常だった。

しかも、住んでいた家の近所にはスーパーマーケットがなかったので、
駅の反対側まで行って買い物をし、
重いレジ袋を腕に食い込ませながら歩いて帰ったものだ。

もう疲れて食事も作りたくない、駅から出たら、
一休みがてらに食事をして、帰りたいと何度も思った。

そんなある日、駅から家に向かう途中に、炭火焼肉屋さんが開店した。
お料理も良いし、雰囲気もくつろいでいたので、
夫もその店を大変気に入って、ついに常連になった。
我が家にとっては、ほとんど第二の台所だった。

店長は気さくな人で、付かず離れずの距離感が絶妙だった。
店員さんも、よく気がつく人たちで、感じがよかった。
ある時は就職で悩んでいる若い店員さんに、
職を紹介しようとしたこともあったっけ。

引っ越してからも、私たちは電車に乗ったり、
ちょっと遠目の散歩をしながらその店に足繁く通った。

ところがある時から、店長の姿を見かけないようになった。
別の街にも出店するために、その店を離れていると聞いた。
店長がいなくても私たちはボトルキープをし、
お店に何度も通っていたのだが、
ある時、はっきりと異変を認めざるを得なくなった。

お肉の質があきらかに落ちている。
炭火の扱いがいい加減になった。
お料理の盛り付けも、味付けも雑になった。
店員さんが店内をきちんと見なくなって、
呼んでも、気づいてもらえなくなった。

それでも、今度こそはと祈りながら通っていたが、
私たちが馴染んでいた店長の目が届かぬうちに、
どんどんお店がダメになっていくのを肌で感じた。

ある時、心に決めた。
もうこの店には来ない。

本当に長く気に入って通っていた店で、
友人知人も、たくさん連れて行った。

そんな店を一軒失うのだと思って、悲しかった。

その後、次なる推し焼肉店を求めて、放浪している。
ネットの評判が良くても、居心地が良くなかったり、
むやみに高かったり、フィットする店を探すのは難しい。

煙がほとんど出ないという炭火焼肉店にも行ってみた。
服に匂いがうつらないのはいいかもしれないけれど、
美味しさが半減する。
どうせ焼肉に行くのなら、
油を含んだ煙がもうもうとしているのを見たい。
食べている時はもちろん、上着を脱いだあとも
煙の残り香に包まれていたい。
そのほうが、汚してはいけない服装で
クリーンに食べるよりも、ずっといい。

最近ようやく、ここなら通うかもしれないな、
という店に出会った。
以前気に入っていた店のようにはいかないとしても、
はかない期待を込めて、
また食べに行ってみようと思う。