むもーままめ(20)恐怖のクララちゃんの巻

工藤あかね

SNSを見ていたら、数日間連続で、同じシチュエーションの夢をみたという人の話が流れてきた。下宿のような部屋で女性と暮らしている設定で、たしかにちょっと奇妙な話だった。しかも何日目かにはついに明晰夢になって、女性から「またここに来たのね」と言われたという。コメント欄には怪談だ、ホラーだ、という言葉が踊っている。「ああ、夏が来たのだな」と思った。

繰り返し見る夢。そういえば私にも何度かあった。今でも覚えている話は、どれもこれも怖いシチュエーションばかり。つい先ほど、夢判断サイトでためしに調べてみたら、キーワードに出てくるのは恐怖、不安、ストレスなど、不穏であることこの上ない。まあ、子供の頃から物の考え方がどうやら特殊なせいもあってか、生きづらい傾向があったからかなぁ。それで、どんな話だったか知りたい人なんている?人の夢の話なんて面白くないよね?とはいえ、子供の頃の私の恐怖や不安やストレスを成仏させるために、ここに書いて残しておこうと思う。

小学校に上がる前、自宅から駅へ向かう道の途中に、なんとなく人通りの少ないエリアがあった。何かの工場の跡地だったのだと思うけれど、さびた鉄の大きな門があって、子供心にちょっと気味が悪いと思っていた。そのあたりを通るときはたいてい家族の誰かと一緒だったから、本当は走ってさっさと通り抜けたいくらい嫌なのに、いつも、なんでもないふりをしてゆっくり通り過ぎていたのだ。けれどときどき、耐えられないほどの恐怖が急激に襲ってきて、気を紛らわすために大声で歌を歌い出し、家族にびっくりされることもあった。

何度も繰り返し見ていた悪夢の舞台は、まさにその場所だ。ある夕方、私が一人で通りかかると、長い金髪に青い目の大きなフランス人形が、鉄の門の前で足を放り出して座っている。お人形の名前は「クララちゃん」。私の背よりもずっと大きい、少女の格好をしたお人形である。お人形だと思っていたその子はムクっと立ち上がり、なんの説明もなく、いきなり私を襲おうとして全力で追いかけてくるのだ。私は命からがら家まで走って、階段も上って間一髪で部屋の扉を閉める。ここまでが何度も繰り返された夢の場面である。

起きたあともあと引く怖さが残り、クララちゃんの夢を見てしまった日は、ショックのあまり朝から泣いたりしていた。親に「クララちゃん」がどんなに恐ろしいかを訴えても、「クララちゃんなんていないから大丈夫」としか言われない。「ううん、クララちゃんはいる」といつも心の中で反論していた。親に恐怖を訴えたところで、何の心の慰めにも、解決にもならないと子供心に悟った私は、ある時をもって、クララちゃんの夢の話を親に話すことをあきらめた。

夢で味わった恐怖は、現実にまで侵食してきた。とうとう例の鉄の門のあたりは、私にとって完全に無理な場所になってしまった。誰といようが、けっして通らないですむように、泣き叫んで遠回りを要求した。お豆腐屋さんに行くのにも、文房具屋さんに行くのにも、クララちゃんがいるかもしれないから絶対そこは通りたくない。ましてや夕方以降なんてありえない。親はなるべく私の意見を尊重しようとはしたけれど、本当に遠回りをしてくれたのは数回で、たいていは道の反対側に渡って、鉄の門が目に入りにくい歩き方をする程度で手を打った。

小学生になり、その辺りがなんとなく整備されてしばらく経った頃、ありがたいことにクララちゃんのことを一時的に忘れていた。そんなある夜、習い事の帰りに一人で、うっかりその場所を自転車で通ってしまった。かつての恐怖はすっかり消えていた…と思ったのだが、数秒後に、全身粟立つような怖さが沸き起こってきてしまった。気が狂ったように大声で歌を歌い、自転車を死にそうになりながら立ち漕ぎしてその場を去り家に逃げ帰った。

それから何十年も経ったのに、まだクララちゃんのことを思い出す。あの連続した夢の正体は、いったいなんだったのだろう。