むもーままめ(35)飯テロはカレーのにほひ、の巻

工藤あかね

2023年の終わりをひょいと跨いで2024年にたどり着けたようにも思えますが、実は年を越せるというのは、とてもおめでたいことなのだなと思う今日この頃です。みなさまはどんなお正月を迎えられたでしょうか。

年末年始、いつもより膨張した時間の流れを感じながらSNSを彷徨っていたりすると、とにかく人の顔と食べ物の写真がすごく多いなと感じます。食べ物の写真は普段もあるといえばあるのですが、どういうわけか夜、仕事から帰ってきて一息ついた頃に見てしまったりするので、なんだか妙に口寂しくなって、夕食を食べたり散々飲み食いして帰ってきたにも関わらず小腹が空いたような気になってしまいます。これが俗にいう、「飯テロ」っていうものですよね。

最近、この飯テロを経験しました。知人のクラリネット奏者が大のカレーマニアで、しょっちゅうおいしそうなカレーの写真をアップロードしているのですが、彼が掲載している写真は家庭的なカレーライスではなくスパイスが強烈に香ってきそうな、鼻腔を刺激するような本格派カレーなのです。しかもご本人は、インドやパキスタンの方達のように、妙なテンションの高さがある人でもなく、淡々と、粛々と、品よくカレーの写真を、日々の記録がわりに掲載しているのが清々しい。この人の投稿を見るとなんとなく細胞がざわざわと反応しカレー欲がにわかに増してくるのですが、それと同時に、外国人が経営しているお店にわざわざ行かないと味わえないスパイスカレーへの手の届かなさもあって、吸引力の強い飯テロとは言え少し距離を置いて見ていられるなと安心していたのです。

ところが事件はその後起きました。このカレーマニアの方と仕事のメッセージのやりとりをした直後のことでした。メッセンジャーを閉じるやいなや、私のSNSページにどどーんと現れたのは自宅で簡単に作れるスパイスカレーの広告、しかもとてもおいしそうで、すぐに注文できる感じ。なんだこのカレーホイホイは…! 衝撃を受けつつも、おそるおそるそのページを開いてしまう私。するとめくるめくカレーの香りが漂ってくるよう。だめだ、もう抗えない。カレーマニアの方とのメッセージのやり取りには20%くらいはカレーの仄めかしはあったかもしれないけれど、どうしてこの絶妙なタイミングでこんな脳天を直撃するような広告を打ってくるのだ。恐ろしすぎる、インターネット!

しかしながら、ぱっくりと口を開けて私を待ち構えているように見えたスパイスカレーのサイトは怪しくなさそうだったので思考停止したまま口コミを読み、美味しそうだったので勢い余ってポチッと注文してしまいました。果たして数日後に届いたカレースパイスは、これがまたとても調理が楽で美味しい。しかも体に効きそう。食べると汗が体中から吹き出し、細胞が刺激されるような気がする。これにハマった私は、ふと思い出してはこのカレーを作って食べていたのですが、ある時外から帰宅したオットが言いました。

「なんか…すごい匂いだね、この家。」そりゃそうだ。いまならインドのご家庭に負けない勢いでスパイスの匂いが充満している自信がある、と思ったのですが、服にも髪にも体にも、家具にもこうして染み込んでいくのはちょっといけないかもしれないと思い直し、数日間一生懸命換気しました。しかし、2~3日カレーを作らず換気をしても、外から帰宅するとやはりまだカレーの残り香を感じます。そんなこんなしているうちに、また家でカレーを食べたくなってしまうのだから、もうスパイスの匂いが取れる間などないのです。年末の大掃除で、あちこち拭いたり窓を開けたりしていたから、今は少しだけましかもしれないけれど、私ときたら年越しそばも食べず、年が明けたらおせちではなくてカレーを作って食べてしまうのかも。

あああ、某クラリネット奏者のカレー飯テロは、静かに、じわじわと年を跨いで我が家に忍び寄っていたのです。ちなみにそのクラリネット奏者とは、大晦日のランチでカレーを食べたことも追記しておきます。