むもーままめ(43)木彫りのお地蔵さんの効能あるいは才能について、の巻

工藤あかね

 ぎっくり腰の治りかけから、全身状態が一気に悪化しはじめた。膝が痛くてしゃがむ姿勢が取れない、肩が痛い、首が痛い、ついでに足首まで痛い。その日を境に生活が一変した。何をするにも痛みを怖がって、しまいには服の着替えも痛いから面倒、出かけるのも痛いから面倒、だから自炊もできない、おまけに寝返りも痛い、となった。それからほどなくして、寝起きに首ががんじがらめになったような痛みを感じ、それ以来、私は後ろの人に呼ばれると、一旦立ち止まって体勢を整え、体ごとターンしないとその人の方を向くことができなくなってしまったのである。

 整体の先生に見てもらうと、「腰が悪い時にあちこちで庇って歩いて、正しくないところに筋肉が使われ、正しいところの筋肉がすっかり弱ってしまったのでは?」と仰るではないか。「ストレッチや軽い運動から体を動かしましょう」とアドバイスを受け、これまでいい加減な気持ちで、惰性に任せやっていたラジオ体操を本気でやってみたのである。

 けれども、身体は、まあ動かないこと動かないこと。昔、夏休みに公園でラジオ体操をさせられたときは、テレビで見る模範の3人の先生たちより体が柔らかいのでは?と錯覚して得意になっていた。だから、後ろに体を伸ばす時に「んぐぐぐぐ」とか「うああああ」と声を上げるお爺さんが不思議で仕方がなかった。

 ところがいまではすっかり「んぐぐぐぐ」と「うぁぁぁぁ」の仲間入りである。自慢?ではないが、あまりによたよた歩くせいか、とうとう先日、バスの中でご高齢の紳士に席を譲られてしまった。何度お断りしてもにっこりとしたお顔で席をすすめてくださるので、これ以上お断りするのも失礼かと思って甘え、降りる際にもう一度お礼を言った。今思い出してもはずかしい。

 そんな調子なので、本番やリハーサルではなるべく元気を出してバレないように振る舞っている。この原稿を書く前日は結構ハードなコンサートの本番があった。歌がわたし、ヴィオラが松岡麻衣子さん、バリトン歌手で夫の松平敬は声だけでなくて、なぜかピアノも担当した。高橋悠治さんの曲では「長谷川四郎の猫の歌」全曲と、「カフカノート」の抜粋を歌った。結構な分量の語りもした。会場にはなんと高橋悠治さんと、八巻美恵さんがおいでくださった。夫は、人前でピアノを弾く初めての演奏会で、「お二人がおいでくださる」と聞いて、初めての発表会に出る小学生のような顔で、ひどく緊張していた。一方わたしは、目下一番痛みの強い首が、歌唱に影響しなければいいなあと祈る気持ちだった。首は痛みを避けているうちにだんだんストレートネックが激しくなって、そのうちろくろ首になりそう。

 昨夜の本番後の集合写真を見ながら、この姿勢のひどさと痛みをなんとかせねばと思った。ネットで探し回ったところ、首の痛みを軽減する方法を発見した。化粧水のボトルなどに水を入れて、あごの下にあて、首を動かしてみるだけ。こんなので効いちゃえば最高だよなぁ。。。と疑心暗鬼のまま、とりあえず試そうとしたら、いいサイズの化粧水のボトルがない。そこで、似た形状のものを使わせていただくことにした。木彫りの小さなお地蔵さんの置き物である。

 これにはちょっとした曰くがある。先日帰郷した夫が、亡くなった親族家を訪問したところ、大小さまざまの、手作りのお地蔵さんが大量に遺されていたという。処分に困ったご遺族は、訪問する人にここぞとばかりお地蔵さんを持たせているのだろう。夫もお地蔵さんをいくつか持たされて帰京したのである。(夫の親戚には凝り性が多く、能面などを彫り続けている方もいる。祖母もレース編みや、毛糸で作ったいわゆる「おかんアート」のアーティストであった。)

 夫が持ち帰ったのが、故郷のお菓子数点と、お惣菜、そして親戚が掘った木彫りのお地蔵さんたち。バッグから次々出てくるお地蔵さんを見た私は、夫の親族作だし無碍にもできず、なんとなく複雑な気分のまま受け入れたのである。そして、夫の手によってテレビの前に二体、小さなワインセラーの上に一体ちょこんと乗せられた。あとはどこにあるのかわからない。

普段はありがたみも何も感じず、ワインセラーの上に座らせていただけのお地蔵さん。ひらめいた私は、惹きつけられるようにお地蔵さんを手に取り、化粧水ボトル代わりに首の運動に強制参加させた。するとどうだろう、不思議なほど首の痛みがひいてゆき、上下左右すっと動かせるようになったのである。ええええ、なにこれ。。。!!! お地蔵様はありがたいことに私の首の悩みを軽くして下ったのである。すごい効能ではありませんか。もしかしたら、ここにいるお地蔵様の姿形がなした技なので、もはや才能?もう、敬語ですよ。お地蔵様今まであんまり大事にしていなくてごめんなさい。どうぞこれからもワインセラーの上に乗って、我らの首をお見守りくださいますように。。。

 それにしてもマッサージしようが、首のツボを押そうが効き目がなかったのに、こんな技があるなんて。本番の前日までに、知りたかったなぁぁぁ。