話の話 第4話:かくす

戸田昌子

ここにある男がいる。仮に青蛸と読んでおく。なぜ青蛸なのか。それは仮名を考えるときに連想が二転三転した結果である。あえて理由を探すなら、彼が決して青くもなければ蛸でもない、という理由でしかない。彼は見た目には親切そうなおじさんで、所帯持ちにも独身にも見える。人当たりの良い世間師のおしゃべりを心得ており、ペラリといい加減なことを言ってはすぐに梯子をはずす癖がある。たとえばこんなふうである。「7月のパリはいいよね、あれは最高だよ。行ったことはないけど」。「こんどミモザの種をあげるよ、オシャレな家にはミモザが咲いているものだから。持ってないけど」といった調子で、ペラっと何かを言っては自分でひっくり返していく。青蛸は含羞の男なのである。

青蛸は自分の本当の名前を明かさない。当然、住所も謎なのだが、いつも東京の西の方からやって来る。生まれたのは新宿区百人町だという。百人町と言えば、知り合いの能楽師の稽古場や、前衛いけばな作家の研究所があるのに加え、旧知の仏像研究者の家もあって、わたしには馴染みのある地名である。青蛸も芸能関係者ではあるようで、音楽一般への造詣は幅広いが、いささか芸能への雑食ぶりが過ぎ、清水イサムの出待ちしたことがある、と私にポロリと漏らしたことがある。

清水イサムといえば、森山大道の、あれである。『にっぽん劇場写真帖』(室町書房、1968)に出てくる、極端に背丈の低い喜劇俳優。写真集のなかで、明るい笑顔の奥さんにこどものように抱きしめられたり、華やかな紙吹雪のステージにまぶしく登場する一方で、閑散としたトイレの隅で憂鬱な表情を浮かべてみせている、彼である。その半ば伝説的な人物のステージを見に行って、そのまま出待ちをしてしまった青蛸であるが、「前にも後にも出待ちというのはその一回だけ」と主張している。

しかし青蛸は、森山大道が撮った「Actor・シミズイサム」の掲載された『カメラ毎日』が欲しいばっかりに、私が古本屋に売りに出した掲載号を即日、買いに行ってしまった。それは2年ほど前のことで、私がReadin’ Writin’ BOOKSTOREという台東区寿の本屋さんに自分の棚を持っていたことがあって、そこにこの号を売りに出しますと予告を出したら、青蛸はそれを買いに行ったのである。「店のドアを開けて、脇目も振らずに戸田さんの本棚へと突進していきましたよ」とは、店主の証言。いったい全体、何に食いつくのか、いま一つ分からないところがあるのが青蛸である。

名前を明かさないと言えば、高校生の時の数学の先生が、偽名を使っていたことがあった。その先生の本名を、ここでは仮に吉川武彦としておこう。しかし彼は「吉川コージ」というような感じの、ちょっと芸能人を連想させる名前を名乗って教壇に立っていた。見た目は初老のはげちょびん。いつも胸ポケットにウイスキーの入ったスキットルを入れており、授業中に引っ張り出してはちょびちょび飲む。ふわっといつも甘い匂いがしている。髪も背中もアル中の匂い。

彼はいつも幻覚が見えるなどとのたもうていた。ダメ教師の典型である。授業中、マリー・アントワネットが羽をつけて原っぱを飛んでいるのだと言い始める。黒板に正しいのか正しくないのか分からない数式を書きつけているが、どちらにせよ生徒たちはまともに聞いてない。幻覚の話が出るたびに「先生、やばい」と生徒たちは笑い転げている。そのうちに誰かが職員室から教員名簿を盗んできて、実名が吉川コージでないことをバラしてしまう。先生も先生なら生徒も生徒で、ともにダメダメである。平和な教室。

名前をかくす、と言えば、大学新聞の時の後輩。初めて部室に現れた時からかなり変わっていて、あらゆるものを批判し続けて誰とも話が通じず、懇親会では蟹味噌を入れるために供された蟹の甲羅に「カルシウム〜」と言って齧り付いてしまい、ドン引きされたりしていた。わたしとしては立場上とにかく耳を傾けていたら、そのうち尊敬されるようになってしまい、流れで取材に出すことになった。何をやらかすかわからないので同行したが、インタビュー相手もかなり「とんでいる」少女小説家で、なぜか話が合ってしまい、奇跡的にインタビューは大成功。小説家のポートレートを撮影しようとわたしがカメラを取り出したら、後輩が隣に無理やり入ってきたため記念撮影会になってしまった。苦肉の策でトリミングしてポートレートにせざるを得なかったが、文章はまあまあよく書けていて、小説家は大気にいり。写真まで気に入ってくださり、別の媒体でも使いたいのでプリントを下さいとまで言われてしまった。この成功体験が仇となって、その後、後輩は数々の問題行動を起こすことになる。

その名が偽名であったことがわかったのはその後のこと。事情は省くが、記名記事を基本としていた新聞部としては頭を抱えた。個人情報保護の観点から入部時に学生証を確認するわけにも、と悩み果てた末、結局は「ペンネーム可」ということにして無理やり皆を納得させたが、「あいつ流石にやるなぁ」という感嘆の声までが出現する始末。

ひとはいったい、なにを「かくす」のか。特に口に出さないことが、「嘘」と認知されておおごとになることもある。嘘をついたつもりもないのに、不義を疑われることもあるし、言うとなにか違ってしまうから「かくす」結果になることもある。ひとは、小さな嘘にも騙されるし、大きな嘘にも騙される。騙されるのではないかといつも疑心暗鬼になっていると、かえってなんでも嘘に見えるようにもなる。

「来年から、自転車にも免許が必要になるんだよ。だから自転車の免許を取りに行かなくちゃいけないよ」という適当な嘘をついている人がいた。それを聞かされていた女子はその話を真剣に聞き入っていたが、よもや信じはすまいとわたしは放置。しかしそれが嘘であると彼女が気づくまでは半年を要した。のちほど、なぜ教えてくれなかったのかと問い詰められたが、よもや信じるとは思わなかった、とのわたしの言い訳に、彼女はますますわたしへの不信感を募らせてしまった。嘘をついたのは、わたしではないのだが。

嘘と言えば、Rという友達がやはりペラペラと罪のない嘘をつく人で、彼女はわたしの知る中では最も雑学博識のAB型の典型で、文字ならなんでも読む、読むものがなければ菓子袋の裏まで念入りに読んでしまうような人である。彼女は自分の息子に、「メンマって何でできているの?」と尋ねられて、「ほら、あれ、竹の割り箸あるでしょ。あれをぐつぐつ煮て作るのよ」と教え込み、彼はしばらくの間、それを信じていたそうである。そんな気の利いたことを言ってみたいと一念発起したわたしは、小学生だった娘に「羊はグー蹄目だけど、馬はパー蹄目なんだよ」と教えてみた。とはいえ偶蹄目だの奇蹄目といった類のややこしい言葉など、どうせ覚えてはおらぬことだろうとたかをくくっていたら、その数年後、林間学校で牛の乳搾りを体験して帰ってきた娘「あのね……ママ、パー蹄目っていうのはないんだよ……」とそっと耳打ちしてきた。そんな話はすっかり忘却の彼方であったわたしが「あらまあそんなの信じていたの」と応答したら、少々傷ついた顔をして「ママが知らないんだと思って、教えてあげなくちゃと思って……恥をかいたらいけないから……先生のお仕事をしているのに、間違ったこと言ったらいけないと思って……」と、つぶやいた。子どもは確かに信じやすいのだから、いい加減なことばかり言ってはいけないと、反省することしきり。

世の中には不倫とか横領とか借りパクとか、いろんな嘘や隠し事があるものだが、「隠していた!」とか「嘘をついていた!」という言える類のものは、まだまだわかりやすくて良いのかもしれない。露見しない嘘というのはないものらしいから、追求しなくてもいずれ知れるようになるものなのかな。

青蛸はいいやつだ。近所のコーヒー屋でアイスコーヒーを飲んでいたとき、おしゃべりに没頭したわたしは間違って青蛸のコーヒーを飲んでしまった。あっと気づいてあわててストローを抜き、新しいストローに変えよう、と言ったら、青蛸はケラケラ笑いながら、いいよいいよとストローなしでコーヒーを飲みほした。変な仮名をつけてごめん、青蛸。

そして後日談。先日ふたたび会ったとき、青蛸は「これあげる」と手に持った(使いふるしの)ジップロックの袋をわたしに差し出した。なかに入っていたのは、さやえんどうのような、鞘に入った、カラカラに乾いた植物の種。「これ、ミモザの種」と、得意そうな顔をしている。くれると言われていたものの、どうせまた嘘だろうと思っていたのだから驚いていると、「あげるって言ったでしょ。ミモザの苗なんか、買うと高いよ?」と続けた。わたしが「てっきり嘘だと思った」と言うと、「嘘なんかつきませんよ〜」と嬉しそう。青蛸は決して嘘つきではないのかもしれない。本名も、当面のあいだ、知る必要もなさそうだ。