──そのとき私は、他の人々との関係だけに注意を払う価値体系は不完全であり、それゆえ善をなす力に欠けることに気づいた。私たちは生命への畏敬の念によってのみ、私たちの手の届く範囲にいる人々だけでなく全ての生命に対し、精神的かつ慈悲深い関係を築くことができる。そうすることによってのみ、私たちは他の存在を傷つけることを避け、他の存在が私たちを必要とするとき、自分たちの能力の範囲内でいつでも救いの手を差しのべることができるのだ。〈生命への畏敬〉の哲学は、世界をありのままに受け止めることから生まれる。そして世界とは、栄光のうちにあるおぞましいもの、意味の充溢のうちにある無意味、歓喜のうちにある悲痛を意味する。いかに見ようとも、世界は多くの人にとって謎のままである。
SCHWEITZER, A (1971). Albert Schweitzer: Reverence for Life – The Inspiring Words of a Great Humanitarian With a Forword by Norman Cousins. Hallmark Cards, Inc., Kansas City. pp.25-26.
ベルリンの春は、まず耳と眼に届く。ある薄明、仄暗い樹間からクロウタドリのはっとするようなさえずりが響きわたり、冬枯れた下生えにクロッカスの鮮やかすぎる紫が混じってくる(彼岸花はもちろん、アマリリスやギンリョウソウや、地中から直接咲き出す花はどこか死者たちの世界につながっている、そう思うのはわたしだけだろうか?)。アンズやサクラはまだ底冷えのする三月半ば、冬からの目覚めを急かすように花盛りを迎える。それから本当に風と水が温み、きつく張りつめた身体の節々が緩むのは、もう少し先のことだ。
それから……いま、いったい何を書こうというのか。このひと月の間に、いったいどれほどの憎悪がヒトの世に振り撒かれたか──先月来、わが家の二重窓で越冬したテントウムシたちのこととか、ベルリンに越して真っ先に手に入れた(お金もないのに)中古のピアノのことを書こう、と思っていたのにすっかり意欲を失くしてしまった。マーシャル諸島の人々が放射能汚染を「ポイズン」と呼ぶように、わたしたちがいま傷つきやすい心と身体で呼吸しているのは、明確な意図をもって地球に注がれた毒そのものだ。一時停戦を喜び郷里に帰っていった友人たちから、絶叫とも嗚咽ともつかないメッセージが、血なまぐさい電子のざわめきに混じり届いてくる。燃え上がる街々と山野のイメージ、直視するのも耐え難い程のうつろな顔と顔。それら脈絡のない暴力と、暴力のイメージの群れが喧伝するメッセージはあまりにも明白だが、その声に聞き入り立ち止まってしまわないよう、二歳半のこどもの耳と眼にすがって必死に歩きつづけようとする。そのような抵抗の仕方が許されるのかどうか、きっと許されないに違いないが、きょうは試みに、こどもと一緒に見、向こうから見られることはなかった、カバの話をしてみようと思う。
誕生日に一人の時間がほしい、と連れが南ドイツの山あいに旅した週末、とびきりの晴天に誘われ、こどもを連れて動物園に出かけた。ベルリン動物園は世界最多の動物を飼育する、ドイツで一番古い動物園だ。囲われた動物たちを見るときどうしても感じてしまう後ろめたさが消えることはないが、ベルリン動物園は広々とした空間で動物たちがのんびりと過ごしていて、建築や植栽にもそれぞれの種の生態にあわせたさまざまな工夫が見てとれる。わたしのお気に入りは「霊長類の家」にいるボノボだが(ボノボほぼヒト、というかある意味でわたしたちより洗練されているので、視線を注ぎ、向こうからも注がれることに格別の気まずさがある)、その日はいつもと逆の順路を歩くことにした。
ゾウからヤギ山、サイを見てまわり、大きなガラス・ドームが目に入った。なぜか今まで見落としていた「カバの入江」というコーナーで、カバたちが屋外とドーム内を水中のトンネルを潜って行き来できるよう設計された大きな施設だった。そこで、わたしたちはカバを見た──あたりまえ、といえばもちろんそうなのだが、その出会いは少なくともわたしにとって、相当に衝撃的だった。
ドイツの初春はまだ寒いのか、カバたちはドーム内のどこか見えないところで休んでいるらしかった。ガラス越しに燦々と陽が注ぐ、人(カバ)気のない屋内に腰を下ろし、こどもを膝に抱えてぼんやりしていると、ややあって水辺に一頭のコビトカバが泳ぎ着いた。カバは飛沫ひとつ立てず上品に上陸すると、泳ぎ着いたそのままの滑らかさでゆっくりと数歩歩き、陽だまりに身体を横たえて眼を瞑って「すう」と息を吐いた。一分の遅延も跳躍も余剰もない絶対的な滑らかさ──こどもとわたしはただ一部始終を見つめていたが、カバはわたしたちと全く無関係に、全宇宙的に完結していた。
それからスマトラ虎やパンダやアンテロープを見、大興奮の末に眠りに落ちたこどもを抱えてバスに揺られる道すがら、あのコビトカバと、医師、神学者、哲学者、音楽家のアルベルト・シュヴァイツァーのことを考えていた。
シュヴァイツァーのことをはじめて知ったのは高校の「倫理」の授業で、「生命への畏敬」というフレーズやノーベル平和賞受賞後のスピーチが紹介されたはずだ。そのとき、シュヴァイツァーがアフリカで突然カバの群れに襲われ、その生命を脅かされる衝撃的な体験から「生命への畏敬」という哲学を導いたのだ、と教わったことを、いまでもはっきりと覚えている。ところが、大学で生物学を経由して生命倫理を勉強したいと思い原典にあたったとき、そのエピソードが出鱈目で、実際はまったく衝撃的ではない(ように聞こえる)カバとの出会いだったことがわかり、当時すっかり落胆したものだった。
──三日目の日没時、イゲンジャ村の近くで、私たちは広い川の真ん中に浮かぶ島に沿って移動していた。左手の砂洲では、四頭のカバの親子が私たちと同じ方向に向かってとぼとぼと歩いていた。その時、重くのしかかる疲労と落胆の中で、「生命への畏敬」という言葉が閃光のように私を撃った。(前掲書、p25)
いま、カバの親子とシュヴァイツァーとの出会いを、十数秒の映像(フッテージ)として思い描く。シュヴァイツァーを乗せたボートが、川面を滑るように移動してゆく。左手の砂洲を歩くカバの親子の後ろ姿をカメラが捉え、やがて追いつき、追い越すボートの動きにしたがって、カメラはカバたちを軸にパンしつづける。カメラのアングルはカバたちを見つめる、シュヴァイツァーの視線と一致している。カバたちは滑らかに歩きつづけ、やがて小さくなり見えなくなる。決して交わることのないふたつの世界。
倫理の先生が興奮気味に話してくれた、生存をかけたカバたちとの対峙が本当だったとしたら、カバとシュヴァイツァーはきっと視線を交換し両者の世界は激しく衝突したことだろう。しかし、他者の苦しみを生き闘いに疲労困憊した医師の世界と、滑らかに完結したカバたちの世界をわかつ無限の距離にこそ、言い換えればヒトなき完結した世界の窃視にこそ、「生命への畏敬」への気づきが隠されていたのではないか。わたしたちなどいなくても世界はありつづけるのだ、と手放すことは、自棄とか冷笑ではなく解放である。あの日わたしたちが見、決して向こうから見返されることのなかったコビトカバとの滑らかな出会いのあとで、どうしても、そう思えてならない。