二つの夢。二つ目の夢に出て来た私の弱音は、「結婚」という言葉から私が無意識に連想する事柄です。「夏」といえば「暑い」、「階段」といえば「つらい」、「発車」といえば「オーライ」などと同じように、「結婚」といえば「できない」なのです。長い間にそうなりました。その原因を考えることはむしろ私の趣味となりつつあります。ですので、この文章をお読みになったどなたも回答をお寄せになりませんよう、お願い申し上げます。
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夢のなかで私は、私に片思いをしている男の人に誘われて、お屋敷に向かっているようだった。男の人は私を誘っておいて、自分だけスピードを上げて自転車を走らせた。どんどん先に行ってしまった。出窓のある瀟酒なお屋敷に到着して、私だけがその家のマダムに会って、料理について取材した。取材を終えても、男はあらわれなかった。
あの店にいるに違いない。私はひとり、バラック闇市のような商店街の一画にある、イタリアンレストランへ入った。その男の人はいなかった。本を読むのが好きな三姉妹が、けらけら笑いながらソファー席に腰を掛け、
「こんど××さんの書いた料理の本が出るんだって。たのしみね」
と、いなくなった男の名前を持ち出す。
おやおや、ひどいね、まったく。なにもかも攫われた気分。夢のなか特有の、脈絡のない灰色の場所転換が起きて、目の前の風景が地下鉄駅の、むやみに長い上りエスカレーターに変わった。
これに乗ればいいんでしょう?
私は片方の足を段に乗せた。靴先に五円玉がこつんとあたった。拾う。あっと思って見まわすと、百円玉も落ちていた。拾う。そこいらじゅうに散らばっているお金を拾いまくる。五円玉と百円玉が、エスカレーターの上から、無尽蔵に転がり落ちてくる。
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夢のなかで私は、実際には会ったことがない小説家Z子さんと同じ家に暮らしているようだった。同じ箪笥から洋服を出し、同じアイロンでしわを伸ばす安穏な毎日。居間の中央には、ホットカーペットよろしく人工芝を真四角に敷いた場所があって、その上に赤い屋根の犬小屋が建っていた。犬のほかに、紅茶色の綿をまるめたような可愛らしい小動物が部屋中をちょろちょろと駆け回っていて、私たちはそのようななかで暮らしていた。動物たちの吐き出すものが撒き散らされているなどということもなく、部屋はいたって清潔で、なんの匂いもしなかった。
寝床から這い出した私は、小説家Z子さんに恋愛について弱音を吐いた。小説家Z子さんは私からは見えない部屋にいて、それは台所かお手洗いのようだった。
あのさ、私がずっと独り身なのは何が原因だと思う? 周りに結婚相手を探している人はけっこういたはずなんだけど、その全員が私じゃなくて、私の友だちと結婚の約束をするみたいなの。
Z子さんはこう言った。
「大丈夫。私もだよ。そんな奴らには鰹節をかけてやれ」
以上のやりとりを、私たちは関西弁でかわした。小説家Z子さんが、唯一身につけていた赤い水玉模様のエプロンを脱ぎ捨て、人工芝の上で、仰向けに寝ている私に覆いかぶさってきた。柔らかな毛髪が顔にまとわりついて、まさぐると甘い匂いがした。Z子さんもそうなんだ……私は安らかな気持ちに包まれている。