ゆうべ見た夢 04

浅生ハルミン

 深夜にNHK-BSでやっていた、科学をテーマにした番組を観ていたら、脳の奥には冷蔵庫のようなものがあってふだんは使わない思い出や記憶が整理整頓して保管されている、ふだんは忘れていても必要になったときにそれを取り出して前頭葉で調理する、と脳科学者が記憶について料理に例えて解説してくれていました。へえ、脳の中に記憶専用の置き場があるのか。扉が開くと中が明るくなる冷蔵庫のように、その部位の戸が開いたとき、記憶がスパークして取り出すことができるということ? 私は眠っている間に見た夢を書き留めようとするとき、記憶の薄れるスピードが日に日に速くなって困っている昨今なのですが(困ることでもないのですが)、それは、記憶が消えるというより、ドアが閉まるスピードが速くなったということなのかもと思い至りました。だから私の場合はドアが開いているうちに、つまり目覚めた直後に書き留めるのがベストなタイミング。歯を磨いたり、飲み物を用意したりしてもドアの閉まりに影響はないですが、シャワーの湯を浴びるとたちまちドアはパタンと閉まって、ドアがあったことさえわからなくなります。

 で、今日の夢は「ポメラニアンのハーネスが足首に絡んで転んだ」「俳優Oさんの白いランニング」「ブックファーストへ行く」という、三つの事柄を夢の記憶の冷蔵庫からいち早く取り出し、前頭葉の調理台で合わせてぺったんぺったん捏ねて、コロッケができあがったというイメージ。しかしテレビ番組を観たあと新たに浮上した謎は、日常生活の記憶と、夢のなかで体験したことの記憶は、同じ冷蔵庫に入っているのか? 別なのか? ということ。日常生活の記憶は何十年後にも、ふと、冷蔵庫の最前列に出てくることがありそうだけれど、夢の記憶は賞味期限が短いように思う……と、こんなとるに足らない想像をしているときが一番たのしい。

 夢の中で私は、住宅街のアスファルトの道を歩いているようだった。ひびの入ったアスファルトのところどころにスギナが生えていた。誰かが散歩させている茶色いポメラニアンが、私の足首にまとわりついてきて、足と足のあいだをくるくる何回もくぐったので、ピンク色のハーネスの紐が私の足を絡め取って、私はすてんと転んでしまった。誰かが近寄ってきて、それはポメラニアンの飼い主のようだった。長いハーネスの紐を自分のほうに手繰り寄せながら、私のほうへ来たその人は、テレビドラマの悪役を演じているのを見たことがある、ポマードの似合う俳優Oさんだった。
 それをきっかけに私とOさんは結婚を前提にお付き合いを始めた。
ポメラニアンは私の両手にすっぽりおさまる大きさだった。ポメラニアンを手の平に乗せると、手と犬の腹が触れ合っている面がネオン色に発光した。
 Oさんの部屋は木造の借家だった。カーテンは、適当な針金をカーテンレールにして白木綿の布を垂らしている簡易なもの。その前に焦茶色の木の本棚がひとつあるだけ。それが一切の家財道具。お金はなさそうだった。有名な俳優さんでもこんな感じなんだな、でもお仕事がんばってください、と思いながら、ぺったんこの敷布団の上で、ふたりで一枚のタオルケットをかぶった。
 Oさんと私とポメラニアンは、寺の境内を散歩しているようだった。砂利を敷き詰めた広いお庭。ノウゼンカズラが蔓に真っ赤な花をたくさんつけていた。借家の大家のおばさんは私たちを祝ってくれていたね。Oさんはしばらくしたら仕事に出かけていく。ランニングを着ている剥き出しの肩からも額からも、汗がぽたぽた落ちていた。汗は白いランニングに滲みていた。ちょっとOさん、その格好は似合っていてとても素敵だけど雑菌繁殖しないように気をつけてね。私もこれから自分の仕事へ出かけます。早くしないとブックファーストが閉まってしまう。ボタンのたくさんついたちゃんとした服を着て、ガラス張りの高層ビルの中へ私は消えた。建築中のビルが競うように高くそびえるこの街。