ベルヴィル日記(1)

福島亮

 今月からベルヴィルで生活する。ベルヴィルはパリの10、11、19、20区にまたがる地区だ。パリの北東に位置し、仮にノートルダム大聖堂を中心にしてパリを時計の文字盤に見立てるなら、だいたい2時の方角にある。新しい住まいは、エレベーターなしの7階である。フランスは日本でいう2階を1階と勘定するから、日本でいったら8階だ。約3週間かけて少しずつ本や衣類や生活雑貨を新居に運んだのだが、相当骨が折れた。そうはいっても、すぐに物件が見つかったのは幸運だった。パリでの住宅探しは「運」だという。これはどんな人に訊いてもそういうから、本当なのだと思う。身近な人からはあまり変な話しは聞かないが、法外な手数料を取られたとか、物件情報そのものが詐欺だったとか、退去する時にわけのわからない修理費用を請求されたとか、とにかくおっかない噂話に事欠かないのがパリでの住宅探しだ。かくいう私も、もう3年前になるが、渡仏ひと月前まで住居を探していた。だが、日本にいながらフランスの物件を探すのは、野山に行かずに部屋の中で昆虫採集するようなもので、運が良ければ開け放った窓から蝶やカブトムシが舞い込んできてくれるのかもしれないが、まあ、そういうことは滅多にない。散々メールを送ってみるも、そもそも内見ができないのだから住居が決まるわけもなく、結局大学の学生寮に泣きついて、そこに落ち着いたのだった。

 7階というのは、要するに最上階なのだが、実は最上階の暮らしには少しだけ憧れを持っていた。たしかボードレールだったか、デボルド=ヴァルモールだったかの詩を習った時(大学2年の頃だ)、最上階は女中部屋で、お金のない人が暮らすところなのだと教えられた。重要なのは、主人でも金持ちでもなく、女中や貧乏人こそが、最上階から都市の風景を窓越しに一望し、街路の網の目や隣家の様子などを見ることができる、という点だ。おそらく授業では、そこからこの光の都市を貫く視線の権力性だとか、19世紀の都市における貧困と現代性だとかの話になったのだと思うが、そのあたりの記憶は曖昧で、とにかく20歳の私の心に焼き付いたのは、最上階の屋根裏部屋のイメージだった。とはいえ、ゴシック・ホラーじみた狂女が徘徊するような屋根裏部屋ではない。もっと明るい静謐な部屋——重たい玄関の扉を開くと、薄暗い螺旋階段が最上階まで続いており、その無情に上昇する巨大な巻き貝の中のような階段を登っていけば、廊下の突き当りにはやはり薄暗い共同便所がひっそりとあって、仄暗い消臭剤のにおいが廊下にもうっすら漂っているのだが、そのにおいを嗅ぎながら一番奥の木の扉を開けると、そこはかつての女中部屋、目の前の壁は斜めで、狭いが光はよく入り、その光をうけて常に細かな塵がキラキラと輝きながら舞っていて、ぼんやりとその塵を眺めながら、買ってきたばかりのまだ熱いバゲットを頬張るのだ、いや、よく考えてみれば自分は19世紀の女中ではないか、奥様に言いつけられていた客間の掃除を終わりにしなくては……。と、これはすべて当時の妄想である。ろくに教授の話も聞かずに、ぼんやりとパリのアパルトマンの最上階という場所について思いを巡らせていたわけだ。

 さて、憧れの最上階で暮らすことになったわけだが、新居は19世紀のオスマン式住宅ではない。それに、ものすごく広いわけではないけれども、ひとり暮らしをするには十分な広さもあって、フランス語の詩を読みながら好き勝手に妄想していた小さな女中部屋ではまったくない。また、妄想というものは、えてしてどうでもよい細部ばかり詳しくて、肝心の部分は詰めが甘いものである。巻き貝の中のような階段を登っていけば、などと悠長にいうが、実際に登ってみると、これがなかなか大変なのだ。ちなみに、共同便所はない。きちんと部屋にトイレはついている。

 これから「ベルヴィル日記」と題して、ここでの生活を綴り、あわよくば留学の目的である博士論文を書き上げてこの「日記」を終了したいと願っているのだが、とりあえず初回はまだ住み始めて日も浅いので、毎週2度行われる市場の様子を少しだけ述べるにとどめたい。火曜日と金曜日に市場は行われる。数百メートルにわたって商店が並び、野菜や果実や魚や肉や乾物や日用雑貨や衣類などが山と積まれて売りさばかれる。トマトが1キロ1ユーロ(130円)、卵は30個で2.5ユーロ、鶏肉は部位によるが手羽が1キロ2.5ユーロと、とにかく安い。たしか昔、ゾラの『パリの胃袋』か何かを読んだとき、今はなき中央市場の野菜売り場の描写に胸踊らせた記憶があるのだが、ベルヴィルの市場には、記憶の中で薄れてしまったあの小説の中の野菜の描写そのままの光景がある。種々様々な葉物野菜の中で、一際鮮やかに存在感を放っているのは、色とりどりの人参である。そのわきで、ベットラーヴ(ビーツ)が深い赤を誇示し、ナヴェ(カブ)はうっすらと紫色の肌を露出させている。このナヴェもひと束1ユーロだ。ひと束というのは、青々とした葉がついているからで、もちろん葉ごと買って、葉の部分も茹でたりスープに入れたりして食べる。面白いのは肉屋と魚屋だ。今回は手羽を1キロ買ったのだが、いわゆる手羽元と手羽中と手羽先の部分がくっついている。手羽にはまだすこし羽が残っており、どこからやってきたのか小さな蜂が何匹か、まだうっすらと血の滲んでいる肉にとまっていた。おそらく肉団子にでもして、蜂の子に食べさせるのだろう。店主のおじさんに手羽を注文すると、肉をはかり、紙でくるんで袋に入れてくれる。夕食は手羽の照り焼きで決まりだ。

 というわけで、女中部屋に住むという積年の夢は叶えられなかったが、毎週行われる市場は絶対に楽しいに決まっているし、あわよくば、市場がはけた後に大量に打ち捨てられている果物や野菜を拾う楽しみもあるはずである。最上階からの一望するような眼差しもよいが、この街で暮らしていくには、市場の野菜の良し悪しを見分けたり、どの店の手羽が蜂が好むほど新鮮か見分ける目のほうがはるかに重要だ。