ベルヴィル日記(11)

福島亮

 8月9日から11日まで、ヌーヴェル・アキテーヌにあるトラヴァサックという村を訪れていた。村を訪れるのは、これで3度目である。2017年に東京で行われたシンポジウムで知り合ったフランス人の友人がこの村には住んでおり、毎年夏はその友人の家を訪れることにしているのである。トラヴァサックに行くには、パリから鉄道に乗ってブリーヴ=ラ=ガイヤルドという駅までゆき、そこからは友人が運転する自動車で村まで向かう。3年前はパリからブリーヴ=ラ=ガイヤルドまで4時間ほどでついたような気がするのだが、今回は乗り換えも含めて5時間かかった。小耳に挟んだ話だから確証はないのだが、どうやら地方の鉄道に対する予算配分が変わったとかで、鉄道の本数が減っているそうなのだ。

 ブリーヴ=ラ=ガイヤルドに到着して一番驚いたのは、その暑さである。6月から雨が降っていなかったそうで、空気は乾燥し、強い日差しがジリジリと照りつける、過酷な暑さだった。日陰でも40度を超えることもあった。街を流れる川は水が減り、川底の砂が露出していた。街路樹は葉が茶色に変わり、花壇の草花は枯れていた。そこに飛び込んできたのが、ボルドーの山火事の知らせである。乾燥した松林に火がついたとのことで、鎮火は容易ではなさそうだった。高速道路も一部使用中止となった。

 予定では、友人がボルドーの近くにあるジョセフィン・ベイカーの住まいだった城に連れて行ってくれることになっていた。だが、暑さもあったし、交通渋滞も見込まれたので急遽取りやめ、家の近くの人造湖に行ってみることにした。湖には水浴びをする家族連れが多くやってきており、賑やかだった。

 暑さのせいだろうか、今年はトラヴァサックでスズメバチを多く見かけた。夜、窓を開けていると、甲虫のような羽音をたてて親指大のスズメバチが飛び込んでくる。フランスはどういうわけか網戸が普及していないので、虫は入り放題なのだが、スズメバチはさすがに困る。ちなみに、スズメバチはフランスではまず見かけない昆虫だ。オオスズメバチのことを「ゲップ・アジアティック(アジアスズメバチ)」と呼ぶのも、この昆虫が外来のものであることを物語っている。スズメバチの来訪は、気候変動という言葉を身近に迫る脅威として感じる瞬間だった。

 ベルヴィルに戻ると、今度は大雨だった。しばらく乾燥した日が続いていたから雨は嬉しい。だが、雷が凄まじく、家が揺れるほどだった。フランスの雨はすぐやむものが多いのだが、この時はどこか日本の夕立を思わせる雨だった。フランスは熱帯、ないし亜熱帯の国になりつつあるのかもしれないと本気で思ったほどである。話は別なのかもしれないが、街中にカラスが増えた気もする。フランスは鳩は多いがカラスは少ない。いたとしても小柄なカラスが多かったのである。だが、どうしてだろうか、丸々と太った立派なカラスが群れをなしている。これではまるで東京だ。

 雨が止むと、秋の気配が訪れていた。空が遠く感じられ、日が沈む時間も少しずつ早くなってきている。週2回開かれる市場では、まだスイカやメロンも普通に売っているが、リンゴ、ナシ、プラム、モモが棚を占める割合を増やしつつあるし、何よりも、秋の果物であるミラベルが出回り始めている。まだどことなく初物の印象があるミラベルだが、もう少しすると、あの蜜のような濃厚な味わいを心ゆくまで楽しむことができるだろう。

 ベルヴィルに住みはじめて1年がすぎた。ここで暮らすのもあと半年である。短いような、長いような。嬉しいような、寂しいような。