ベルヴィル日記(17・最終回)

福島亮

 帰国して、約2週間経った。

 フランスでは、退職年齢の引き上げ——62歳から64歳(!)への引き上げ——に対する反対デモが巻き起こっており、鉄道の本数が減らされているから、空港まで無事に行くことができるか不安だった。荷造りはすっかり済ませてある。だからあとは11時25分発の飛行機に間に合うように家を出れば良い。鉄道を使う場合、家からシャルル・ド・ゴール国際空港まで通常ならば1時間くらいかかるから、7時に家を出れば十分間に合う。だが、デモで電車が止まってしまう危険がある。そこで、タクシーを呼ぶことにした。タクシーといっても、Uberのような配車アプリを使用するもので、目的地を設定し、登録したカードで料金を支払うと、近くを走っている登録車両が来てくれるらしい。普段は23kg以内におさめている手荷物も、今回ばかりは30kgほどありそうだ。なによりも鉄道が機能しないという状況だけはどうしても避けたい。というわけで、初めてのことなのだが、Free nowというアプリで車両を呼ぶことにした。

 タクシーには苦い思い出がある。留学する前、初めてカリブ海に行った帰りのことだ。どうしても電車では空港まで間に合いそうになく、タクシーを利用したところ、通常価格の4倍近い値段をぼったくられた。だから、アプリを通して先払いできるシステムは魅力的だと思った。配車を依頼し、支払いを済ませてから、私は30kgの荷物をエレベーター無しの7階(フランスでは1階を地上階と呼ぶので、日本でいう8階に相当する)からどうにか引き摺り下ろす。玄関を出る時、ポストに鍵を入れ、歴代の住人の名前が刻まれたその箱に別れの言葉をかけた。

 その日は火曜日だったので、ベルヴィル通りには市場が開かれていた。威勢の良い売り声や、風に乗って漂ってくる野菜や魚のにおいを嗅ぎながら、通りの隅で自動車がやってくるのを待つことにした。よく行く青菜の店に行くことももうないだろう。ここ最近、天井知らずに値上がりしている卵を不平を言いつつ買うことももうないだろう。そんなことを思いながら、5分、10分とタクシーの到来を待った。売り声が高く響いている。手元のスマートフォンには、配車依頼を受け取ったドライバーの位置が表示されている。だが、彼がやってくる気配はない。威勢の良い声が、まだ少し寒い春先の空気を震わせている。まだ車はやってこない。市場の客が次第に増え、いつもの賑やかさが漂い始めた。通りで待ち始めてから15分経った頃、ドライバーの表示が突如消えた。キャンセルされてしまったのである。またしても、私はタクシーで苦い経験をしたわけだ。

 メトロの入り口までできるだけ早く歩く。本当は走りたかったのだが、私の脚では走ったところでそこまで時間は変わらないし、右手に30kgのキャリーバッグ、左手に電子機器の入ったトートバッグ、背中には書物でパンパンに膨れ上がったリュックサック、といういでたちで走るのは危険である。転んで骨折でもしたらおおごとだ。キャリーバッグの車輪が軋んでいる。この小さいが有能な部品が、重さと道路の凸凹で壊れてしまうのではないかと不安だった。最寄りのメニルモンタン駅からメトロ2番線に乗り、まずラ・シャペル駅で降りる。ここから連絡通路を通って北駅まで行くのだが、そのためには比較的長い階段を降りる必要がある。30kgの荷物を憎みながら、意を決して階段を降りようとすると、スッと手が伸び、私の荷物を誰かが掴んだ。見るとそこには、背の高い、アフリカ系の青年が立っていて、「手伝うよ」と言う。カバンの取っ手を二人で持つと、先ほどまで憎らしく思っていたカバンが嘘のように軽い。私が持つべき重さを、彼が肩代わりしてくれたのだ。下まで二人で荷物を下ろし、礼を言う。彼は微笑み、立ち去った。

 連絡通路を通り抜けると、そこは北駅だ。空港へと通じる郊外線が走っている。Bと書かれた電車に乗る。中には私と同じよう格好の人々が乗っていた。やがて扉が閉まり、車両が揺れ、窓の外にはパリ郊外の住宅街が広がり始める。汗まみれになりながらどうにか鉄道に乗ったわけだが、心は穏やかだった。朝の柔らかい光の中に広がる集合住宅の群れを見ながら、私は、いましがた荷物を下ろすのを手伝ってくれた青年の微笑みを反芻していた。あの青年に会わせるために、タクシーはやってこなかったのではないか。ふとそんな考えが頭をよぎった。