ベルヴィル日記(8)

福島亮

 5月のベルヴィルは晴れの日が続いていて気持ちがよかった。ラマダンが終わったので、街路に溢れていたアラブ菓子は姿を消し、かわりにスイカが並び始める。日本のスイカよりも2回りほど大きくて、若干縦に長いスイカ。アフリカからやってくるらしく、太陽を存分に浴びているからとても甘い。またこの季節、市場で山積みになっているのはアーティチョークだ。外の固い部分をむしり、下から半分ほどの柔らかい部分を細く切り、パスタの具にしたり、煮物にしたりする。どことなく食感が筍に似ている。

 ともあれ、今回この日記を書いているのはベルヴィルではない。というのも、5月の末から6月末まで日本に滞在するからである。滞在、というのも変な言い方だが、2年ぶりの帰国を果たしてみると、帰ったという気持ちよりも、滞在しているという気持ちの方が強い。

 シャルル・ド・ゴール空港から12時間のフライトを経て関西国際空港へ、そこから難波に向かい、シャトルバスで伊丹空港まで行き、羽田行きの国内便に乗る、という少々ややこしい帰路だった。関西国際空港に到着すると、感染症対策が待っている。フランスから日本へ入る際の水際対策は緩和されており、3回のワクチンが接種済で、入国時の検査で陰性ならば隔離や自宅待機は必要ない。緩和される前にフランスから日本に帰った知り合いは、自宅待機に加え、自宅待機を短縮するためにPCR検査をせねばならず、さらにそのPCR検査が法外な値段だったため怒り狂っていた。そのことを知っているから、緩和されてよかったと思っている。緩和された、といっても、やはり入国の際には書類の提示や唾液を用いた検査は必要だった。面食らってしまったのは、唾液の採取である。採取容器と小さなロートを渡され、そこに唾液を溜めるのであるが、板で仕切られた採取ブースには、唾液の分泌を促すため、梅干しとレモンの写真が貼られていた。

 帰国して数日経ったのだが、まだ身体が慣れない。たとえばマスク。人が多くないところでは外しても良いのではないか、などと思いもするのだが、連れ合いに言わせるならば、そのような発想は良くないのだそうだ。久しぶりに帰国してみると、なんだか自分が場違いなところに来てしまったような感覚がする。はやくベルヴィルのアパルトマンに帰りたいと思う瞬間も時々ある。あと1年くらいで留学を切り上げたいのだが、その後この場違いなところに完全に戻ってくるのかと思うと、なんだか不思議だ。徐々に慣れるのだと思う。でも慣れなかったらどうしよう。そんなふらふらとした浮ついた不安が心の片隅にある。