アジアのごはん(110)うっぷるい海苔のお雑煮

森下ヒバリ

昨年の正月から、わが家の雑煮は澄まし汁に茹で丸餅と三つ葉、そして具のメインは十六島海苔(うっぷるいのり)、ということになった。その理由は以下の通り。

1 乾物を入れるだけなのでめちゃめちゃ簡単である
2 うっぷるい海苔、という魔訶ふしぎな名前のものを使いたい
3 すっきりとしておいしい

これは出雲あたりで作る雑煮で、澄まし汁を作りさえすれば、うっぷるい海苔は出来上がりにちぎって入れるだけなので、とにかく簡単である。おそらくうっぷるい海苔を入手することが一番むずかしい工程だろうが、うちでは出雲の友人のヨネヤマさんが送ってくれるので、何の問題も準備もいらない。ありがとうございます、ヨネヤマさん。

「うっぷるい海苔」この不思議な語感の海苔は、出雲市の十六島町でとれる岩ノリのことである。アサクサノリの一種で、本州日本海沿岸から北海道小樽付近の岩場に生育する。韓国の日本海側にも生育するらしい。やや紫がかった色をして、うすい板状に伸ばして乾かす。出雲の十六島町の岩場でとれる海苔を十六島海苔と呼び、出雲地方では古くから珍重されてきた。出雲國風土記(733年)にもこの海苔のことが記載されているほどだ。

初めはこのふしぎな名前にひかれて入手したのだが、お雑煮にとてもお手軽な上に香りもなかなかいいので、すっかり気に入ってしまった。ヒバリは岡山・備中地方の生まれで、生家の雑煮は、澄まし汁に(あまり澄んではいなかったが)人参・大根・里芋などの煮た野菜、そして塩ぶりの煮たのをのせたものであった。親戚などの雑煮もほぼ同じであったし、年末になると近所の魚屋では塩ぶりの予約販売があったので、ご近所も同じ塩ぶり雑煮であったと思われる。

塩ぶり雑煮は中国地方の山地のもので、戦前は日本海から運ばれてくる塩ぶり市が年末には各地で立っていたという。山地といっても、生家は車で40分ぐらいで瀬戸内海に出るので、雪深い中国山地のただ中ではないのだが、冷凍技術や道路事情のよくなかった戦前では、海から新鮮な魚介が届くにはちょっと距離があったのだ。

大人になって、雑煮を作ろうとなっても、塩ぶりを乗せようとはあまり思わなかった。こどものころ、塩ぶり雑煮は嫌いではなかったが、そんなに好きでもなかった・・のね、やはり。脂分が多くてちょっと魚臭く、ゴテっとした味なので。しかし、うちのいなかでは塩ぶりは大人のごちそうであった。一匹とか半身とかで買った塩ぶりを母親は大切に使っていたものだ。

塩ぶりの文化はともかく、「うっぷるい」という地名はどこから来たのだろう。アイヌ語にありそうな音だが、アイヌ語に「うっぷるい」という言葉はないようである。また出雲周辺にアイヌ語の地名もほかにない。出雲は古来、朝鮮半島との交易の場であり、人の行き来も多かった。古代朝鮮語の断崖絶壁という意味であるという説や、出雲國風土記に出てくる海苔の採れる岬の地名「於豆振埼(オツフリのさき)」がなまった説などいろいろあるものの、決め手はない。

日本藻類学会の学会誌「藻類」(121-122,July 10,2007)に「藻類民俗学の旅」というコラムがあった。「濱田仁:十六島(うっぷるい)とウップルイノリ」濱田仁先生によるその記事によると、十六島の岬の岩場に十六島海苔は生えるのだが、その海苔の採れる平らな岩場を当地では「しま」と呼んでおり、かつてはそういう「しま」が十六島湾の内外に十六あり、それを十六の家がそれぞれ所有していたという。

うっぷるい海苔の採取の様子の写真を見ると、かなりけわしい岩場で、激しい波が打ち寄せる。そこに至るのも大変で、そこで作業するのも大変そうだ。険しいだけでなくけっこう広い平らな岩場もあり、なるほどこれが「しま」なのだな、と分かる。おそらく、「うっぷるい」という音がはじめにあり、十六島という漢字表記は音と関係なくあとからつけたものだと思われる。

藻類民俗学という言葉を初めて知ったが、これはなかなか面白そうだ。日本人は古代から海藻を食べて来た。塩を得るためにも使えたし、ミネラル豊富で食物繊維も豊富、ダシも出る海藻は日本人の食生活になくてはならないものだった。海藻はただ食べるだけでなく、海に近いところでは旧正月の元旦明け方にワカメを刈る神事もあるし、海辺でなくとも正月飾りに昆布やワカメなどの海藻を使うことも多い。

うちは同居人が大の海藻好きなので、かなり海藻を食べるほうだとは思う。ダシは羅臼昆布をたくさん使うし、みそ汁や酢の物にするワカメは鳴門ワカメを徳島から送ってもらう。ワカメの根元の固い部分であるメカブを刻んだものも一緒に買い、つくだ煮にしているが、これがまたウマイ。さらにヒバリの最近のお気に入りはアカモクというホンダワラ科の海藻である。自分で刻むのは大変なので、刻んである冷凍ものを買うが、これは解凍してかき混ぜるととろとろになって、酢醤油を入れてご飯にかけても納豆に混ぜてもみそ汁に入れてもおいしい。おいしいうえに、ねばトロは摂取しにくい水溶性食物繊維の宝庫なので、お腹の腸内細菌ちゃんたちも大好きな食事がもらえて大喜び。

自分の好きな海藻たちの産地を訪ねる旅っていうのもいいなあ。出雲、鳴門、佐渡、羅臼・・。さて、お椀に茹で上がった丸餅を入れて、澄まし汁を注ぎ、三つ葉を添えて、と。紫色の十六島海苔を7~8センチ角ぐらいちぎってお椀にほわりと入れる。湯気と一緒にふわっと磯の香りが立ち上がり、ほおが緩む。フフッ。ではいただきます!