アジアのごはん(111)味噌汁の出し問題

森下ヒバリ

1年前に仕込んだ味噌を食べ始めることにした。カメのふたを開けて重石を取り、ラップをはがし、酒粕蓋をはがす。いい匂い。ちょっと全体を混ぜてからぺろっと舐めてみる。う~ん、うまいっ。今年もおいしくできた。このまま酒のつまみや、ご飯のお供になりそう。

さっそく、お昼に味噌汁にしてみる。ずずっと・・あれ? さっきの感動はどこへ。まあ、おいしいけど・・? 翌日、ブロッコリーを茹でたお湯があったので、それにカブや揚げやワカメをいっぱい入れてみそ汁を再び作る。みそを入れようとして、おっと、いつものホッティーの無添加ダシ(カツオの粉末のダシの素)をまだ入れていなかったぞ。試しに汁を少し飲んでみると、野菜の出しがいっぱい出てすでにおいしいスープだ。

「味噌汁を作るのに、だし汁(鰹と昆布)は不要です。水で具材を煮て味噌を溶く、それだけで充分と心得てください」この間読んだばかりの『お味噌知る。』(土井善晴 土井光著 世界文化社)の一文を思い出した。読んだときは、味噌汁にダシを入れなくておいしいわけないやん・・土井先生も無茶なことを・・と思ってスルーしていたのだが、いや待てこの食べてめちゃおいしい今年の味噌ならいけるんちゃうか?

そして、鰹ダシは入れないまま味噌を溶きいれる。テーブルに並べ、いただきます。まずは味噌汁。ふ~、うまい。さっぱりしていて、野菜の味もして、味噌の香りに包まれて、深い満足感。昨日と違う。ああ、そうか、この味噌には鰹ダシは要らなかったのだ。むしろ、邪魔だったのだ。

これまで食べていた味噌では、鰹ダシを入れ忘れたら間抜けな味になったので、野菜だけではやっぱりダメだと思い込んでいた。そうか、味噌汁には鰹ダシ、と作るときに機械的に投入していたが、味噌の種類や具材によって、ダシはカツオが合うときもあり、昆布や野菜だけが合うこともあるのだ。こんなことに今頃気づくとは・・! いやはや、奥深いなあ、味噌汁は。

ヴェジタリアンは、いつも気の抜けた味噌汁を飲んでいるのだろうな、などと思っていたことをちょっと反省。今日の味噌汁はビーガンのあなたにも深い満足感を与えられまっせ。
旨みの多いカブやブロッコリーなどの具材でないときには、昆布水を入れて作ってみると、これも今年の味噌と相性ばっちり。

生まれ育った岡山の生家の味噌汁のダシはイワシの稚魚を干したイリコであった。もう、なにがあってもイリコ一筋である。味噌汁と豆腐汁(醤油味)の汁ものは必ずイリコでしかダシをとらない。しかも、ある時からカルシウム源だとか言い出してもったいないからと汁から引き上げなくなり、味噌汁の具として扱われるようになってしまった。しかし、だしがらのイリコはまずかった。子供の頃のことなので、イリコの品質も悪かったのかもしれないが、食べるのはとても苦痛だった。その記憶のせいもあってか、自分で味噌汁を作るときにイリコのダシで作る気がしない。

南インドのカレー料理には菜食のものが多く、どうして野菜や豆だけでこんなにおいしいカレーが作れるのか、といつも思ってしまう。野菜や豆、スパイスの使い方が本当に上手なのだ。南インド料理の豆は素材であり、ダシでもある。南インドの味噌汁的存在の豆のスープカレーであるサンバル、タマリンドの入ったラッサムは豆を煮て、煮汁は捨てずにそのまま煮詰めてペースト状にして作る。半割にしてあるダールを使わないときでも、豆の煮汁は大切なダシである。

日本人は豆の茹で汁とか野菜の茹で汁とかをあまり料理に使わない気がする。なぜだろう。漬物の汁も料理に使わないよね。おいしいスープのダシになるのに。アクが煮汁に出るようなほうれん草とか大根葉はともかく、カブやブロッコリー、カリフラワーなどの茹で汁はおいしい。大豆はいまいちだが、青大豆の茹で汁もおいしい。青大豆を一晩水に浸し4~5分茹でてピクルスやポン酢漬けをよく作るが、その時に出る青大豆や白いんげん豆などの煮汁はスープやシチュー、カレーのダシとして使っている。

豆や玄米などで気をつけたいのは、水に一晩浸したら、必ずその水は捨てることだ。豆や穀類などは、水に浸しておくと発芽準備が始まり、胚芽に含まれる発芽抑制物質が水分に溶け出すからである。この物質は人間には毒といわれているので、水は新しく変えて煮ましょう。そうすれば、豆の茹で汁はおいしく使えます。

土井善晴先生の著書『一汁一菜でいいという提案』を読んでから、料理に対する気持ちがとても楽になった。そして、昨年末に出版されたこの『お味噌知る。』。味噌汁をもっと簡単に自由に。ダシなしでもおっけー!

大人になって自炊をするようになってから気をつけていたのは、カレーのときでもスパゲティのときでも、できるだけ味噌汁をつける、ということだった。一人で食べるときにはついつい簡単な一皿料理になってしまうが、味噌汁さえあれば、だいじょうぶ。たまにはインスタントだってかまわない。もちろん、常に食べる味噌はきちんと発酵させた本物の味噌をね。ブースター打つより、味噌汁とビタミンD(日光浴)で免疫を上げましょう。