アジアのごはん(92)シャン・カウスエ ビルマ・シャン州の米麺

森下ヒバリ

「あれ‥ビルマのシャン・カウスエ作っちゃった!」
昼ごはんに今まで試したことのない米粉の乾麺をゆでてスープ麺を作った。一口麺を啜ると、いきなりビルマ・シャン州の味がするではないか。味付けはいつも通りにさっぱり豚骨スープと魚醤のナムプラー。カボ酢コ少々。うちの汁麺の味付けはもともとこのアジア風なのだが、いつも通りに作ったのに、いきなりビルマ・シャン州の麺料理、シャン・カウスエそのものに出来上がったのには驚いた。どうやら、初めて使ってみた米粉麺が、この味を引き出したようである。

使った麺のメーカーは新潟の自然芋そば(雑穀めん工房)。ここのあわ麺ときび麺をうちでは愛用している。どちらも茹で加減で、固めならスパゲティ、やわらかめで焼きそば、冷やし中華に使えて、小麦を使わない国内の乾麺ではなかなかのおいしさである。添加物もないので、安心して食べられる。

ここが最近出した米粉の「もちっとつるりお米の麺」という乾麺を試したところ、いきなりビルマの風が吹いてきた、というわけである。「もちっとつるり」とうたわれているので、冷やしたら、ざるうどんみたいな食感になるかもと期待したのだが、そういう食感は全然なかった。いわゆる米粉の麺のテイストで、もちっとしたところと、つるり、(つるり?はあんまりないな‥するり?)とした絶妙のバランスがビルマのシャン族のちょっとだけもちっとした米麺のテイストとそっくりなのだった。

米粉の乾麺はいろいろ試しているが、みな似ているようで微妙に違い、シャン・カウスエ! と感じたのはこれが初めてである。ざるうどんにはできないけれど、これはこれでいいじゃないか。

相方は無類の麺好きなのだが、グルテン・アレルギーである。小麦以外の麺をいろいろ試してみている。蕎麦は、ヒバリが強力アレルギーなので、却下。うちの中にそばがあるだけで鳥肌が立つ。最近、グルテンフリーのブームもあってか、欧米に比べて出遅れていた日本のメーカーもいろいろグルテンフリーの麺やマカロニなどを発売し始めた。そして、ここ1~2年で味や舌触りがぐんぐんよくなってきて、たいへん喜ばしい。

お米が主食の国なのに、どういうわけか米粉の麺はこれまで、ほとんど日本では作られてこなかった。米粉はお菓子の素材として伝統的にあったのに、どうしてお団子や白玉、ういろうなどのお菓子の域を出なかったのだろう。麺といえば小麦麺よりも、まずは米麺であるアジアの国々を旅していると、この点がどうしても謎なのである。

シャン・カウスエというのは、ビルマのシャン族の麺料理だ。シャン族というのはビルマの北東部に広がるシャン州の主な住民で、大きく言えばタイ族である。タイ族は、7世紀~12世紀にかけてそれまで住んでいた揚子江南部から、漢族に追われて西南方向に民族大移動を行ってきた。ビルマ北東部には11世紀ごろに定着したと思われる。いくつかのタイ族系国家が興亡したが、最終的にはビルマ族に国は滅ぼされて、ビルマという国の中のシャン州として現在に至る。

ちなみに現在のタイという国はこの揚子江域からの大移動の流れからわりと最近にチャオプラヤ流域に南下して、先住民族を取り込み、なおかつ中国の福建・潮州からの移民と混血してできた中部タイ人を中心とする国である。タイ族といえばタイ族だが、民族的には色々混じっているし、文化も中国南部の影響が大きい。ビルマのシャン族は、タイ国のタイ人よりも、タイ族のルーツ的なものを色濃く残しているのだ。

シャン・カウスエというシャン族の麺料理は、主な調理法として、米粉の中細麺を茹でて、たれと和えた和え麺と、スープ麺の二種があり、さらに麺の種類としてちょっとだけもっちり麺と強力もちもち麺の二種がある。麺の幅についてはあまり重要ではなさそうであるが、丸い中細麺、平たい中細麺がポピュラーである。

ヤンゴンでいつも食べていたシャン・カウスエはちょっとだけもっちり麺であるが、台湾ビーフンのようにパサッとした食感ではなく、タイのセンレックなどよりも、もう少しもちっとしている。ビルマ族はこちらが好きなようで、ヤンゴンでシャン・カウスエというと、だいたいちょっとだけもっちり麺である。もちろんシャン・カウスエの専門店ではいろいろな麺の種類が選べる。

強力もちもち麺を食べたのはシャン州のニャウンシュエだった。ホテルの近くのごくふつうのラペイエザインと呼ばれるお茶屋さんで、麺類などの軽食も食べられる店だ。

「カウスエはこれしかできないからね」と店のおばちゃんがまだ茹でていない白い麺を見せてくれる。何を言ってるんだろうと思ったが、出てきたものは汁けの少ない和え麺で、麺の上に茹でたからし菜と荒潰しピーナツが乗っているものだった。別椀でスープ、高菜の漬物がつく。テーブルに置いてある揚げ物は別料金だ。和え麺の汁には、シャンの納豆の粉末が仕込まれていて味わい深い。

「いただきま~す。んん? これ、めちゃくちゃもちもちだね!」「歯が丈夫でない人は食べられているのかな?」「あ、はい何とか飲み込んでます」同行した友人の一人はちょっと四苦八苦しているようであった。

いやはや、ヤンゴンのアウンミンガラー・シャンヌードルで、かなりもっちりな麺を食べたことはあったが、こちらはハンパないもちもち度である。これは啜れない。もぐもぐと噛みしめて食べる。初めて体験するレベルのもちもち麺であった。

シャン族の一番の好みは、たれをかける和え麺で、強力もちもち麺のこのタイプらしい。おばちゃんがこれしかないよ、と言ったのはシャン州の住民以外が好む、ちょっとだけもっちり麺の選択肢はない、ということだったようである。

シャン・カウスエの米麺は、いわゆるインディカ米ではなく、日本の米に近いちょっと粘りのあるシャン米で作る。なので、インディカ米で作るタイなどの米麺よりも基本的にもっちりしている。さらに強力もちもち麺の方はどうやらモチ米から作るらしい。モチ米粉で麺を作るのはかなり大変そうだが、これは次回訪ねた時にもっと調べてみよう。

ちょっとだけもっちり麺で汁ありのシャン・カウスエはどちらかというと、中国の雲南省の米線や、ラオス北部のカオソイ(これも納豆ペーストが味のポイント)と近い。どちらもタイ族系の近い民族の麺なので、似ているのもおかしくない。けれども、かつては同じルーツだったものも、地域でそれぞれ独自に発展して今の形に収まっている。麺のもちもち度はどこも微妙に違う。シャン・カウスエの強力もちもち麺は、ビルマのシャン州で独自に発展した米麺なのだ。

またシャン州のローカルな食堂で、シャン・カウスエを噛みしめつつ啜りたいな。ちょっとだけもっちり麺のカウスエは「もちっとつるりお米の麺」さえあれば、わが家で食べられるので、もちろん強力もちもち麺を。