メキシコ 便り(23)エルタヒン遺跡と土のピラミッド

金野広美

メキシコには、テオティワカン、チチェンイツァーをはじめとし、まだ発掘されていないものも含めて、6000の遺跡があると言われています。それらの遺跡を調査、発掘するために若い日本人研究者たちが活動しています。そんな彼らが「メキシコ文化研究会」というグループをつくり、2007年、2008年、2009年の秋から春にかけて連続講演会を日本大使館領事部で開催しました。「国際都市テオティワカンとその住居」「サアチラ王朝史」「モンテ·アルバン衰退後のサポテカ文化」「ミステカ·アルタ」など、とても興味深い内容で、私もかかさず参加しました。

そんな中のひとつ「タヒン遺跡を歩こう」で、講演者のkさんが「おまけの話です」と話をされたのですが、ベラクルスの近くのテハールという村で、最近土のピラミッドが発見されたというのです。私はその、おまけの話に興味津々、土のピラミッドと、もちろんエルタヒン遺跡を見るために、ベラクルスに行くことにしました。

まずエルタヒン遺跡のある、ベラクルス州パパントラへ。メキシコシティーから朝9時のバスに乗り、着いたのが3時。ここからミニバスで30分のはずが、1時間余りかかり遺跡には4時過ぎに到着。入り口のおじさんが「明日もまた来ていいよ。タダで入れてあげるから」と、いうので、安心して中に入りました。

ここには、窓の窪みが365個あり、カレンダーになっている、壁がんのピラミッドや、17の球技場、タヒン様式といわれる、エントレラセスという交錯文様やボルタスという、渦巻文様のレリーフがたくさん残されています。球技場では、フエゴ・デ・ペロタという、神に捧げるための競技が行われていました。これはちょうどサッカーとバスケットボールを足したような競技で、足と腰とひじだけを使い、ゴムでできたボールを、競技場の中央上方につけられた、直径30センチ程の輪の中を通すというものなのですが、その輪までが、4、5メートルあり、あんな上にある小さな輪に、よく手を使わずにボールが入るなあと、感心してしまいました。

南の球技場の北東に、勝ったチームのリーダーを人身供犠するために殺しているレリーフがあるのですが、そのあまりの鮮明さに、ちょっとショックを受けてしまいました。神は負けた者の血など欲しないということで、勝者のリーダーが生贄になったのだといわれていますが、私ならわざと負けるだろうな、などと思いながら遺跡を後にしました。

エルタヒンの研究を13年間続けている、先の講演会の講師kさんと食事をした時、彼に「本当に、勝者のリーダーが生贄にされたのですか?」と、聞いてみました。すると彼は「神は敗者の生贄など欲しないという考えもありますが、生贄の衣装が立派なので多分勝者だろうといわれていますが、本当のところは分かりません」と答えられました。その他にも、いろいろ質問したのですが、答えはいつも「そういわれていますが、本当のところは分かりません」ばかりなのです。

確かに誰も見てきた人はいない訳ですから、本当のところは分からないのは当然でしょうが、私は「考古学って、地道で長い時間のかかる大変な学問だと思っていましたが、ひょっとして、結構自由で、イマジネーションを際限無く働かせることのできる、楽しい学問なのではありませんか?」と聞いてしまいました。すると彼は「そうなんです、親父にも、お前のやっている事は、誰も見てきたもんはおらんのやから、好きなように解釈しとったらええ、楽な仕事やな、と言われました」と、笑いながら話されました。

しかしそんな彼も、奨学金をもらいながらの生活は苦しいらしく、発掘やガイドのアルバイトをしているそうです。でも実直で生真面目な彼のガイドとしての説明は、いつも「そういわれていますが、本当のところは分かりません」ばかりで、私は「発掘はともかく、ガイドの仕事は向いていませんね、だって観光客は、はっきりとした説明を聞いて納得したいのに、いつもあなたの様に、本当のところは分かりません、ばかりではね」と、つい言ってしまいました。すると彼は「そうですよね」と、納得したように、苦笑いしていました。

そんな彼のエルタヒンに関する、いろいろな説明を思い出しながら遺跡を見学した次の日、ベラクルスからバスで、1時間のテハールに行きました。土のピラミッドは、ラ・ホヤ遺跡と名付けられているのですが、タクシーの運転手に聞いても、道行く人に尋ねても分かりません。すると雑貨屋のおばさんが「ああ、セサリオさんの家ね」と教えてくれました。

そこにタクシーで行くと、セサリオさんの親戚の人だというおじさんが「自由に見ていいですよ」と言ってくれたので、大きな敷地の中に入りました。ありました。ありました。高さ5メートル、幅10メートル、奥行き5メートル位の小ぶりの土のピラミッドが。半分位は崩れているのですが、階段の形がはっきりと見てとれ、確かにピラミッドです。

2年前に発見されたとかで、詳しいことは何ひとつ解っていないので、これからの調査を待たなければならないとのことですが、ここは個人の敷地なので、まず政府がこの土地を買い取ることから始めなければいけません。しかし、何せメキシコのことです、何事にもゆっくりで、まだ何も始まっていないそうです。ピラミッドの多くは、石でできていますが、これは土です。早くしないと、いつまでも野ざらしにしていたのでは壊れてしまうと、私一人がヤキモキしてしまいました。