クラシック音楽超初心者ガイドなど

大野晋

さて、コンサートに通っているとときどきいろいろと周りの声が聞こえてくる。つい最近も、近所に座っていた初老の夫婦が、「最初の曲は知ってたけど、次の曲はよくわからなかったなあ」などと話していた。これが非常にレアな、演奏機会の少ない曲ならばまだしも、シューマンやベートーヴェンやスメタナなどでもそうなのだから、まあ、不勉強と言えないこともないが、いまさらクラシック音楽の勉強もないだろうから、音楽鑑賞のための超初心者向けのガイドなどを書いてみようかと思った次第。

まず、バッハとか、ハイドンとかいった作曲家の場合には、音の繰り返しを楽しむことになるから旋律に乗って、じゃんじゃんじゃん繰り返しなどと頭の中でやっているとだんだんと気持ちよくなってくるものだ。まあ、モーツアルトなどは独特の揺れなどもあるので、わからなくなったら寝てしまえば間違いない。

ベートーヴェン、だのブラームスだのはその点、ちょっと難しい。なまじ旋律やら難しい繰り返しやら、趣味趣向がちりばめられているので、こいつらはとりあえず何曲か聞いて、パターンを覚えてしまおう。だいたい、演奏機会の多い曲なんて数曲だから、それらを全て、「クラシック100曲集」といったようなタイトルのCDで覚えてしまえば、やっつけるのは簡単だ。

そのあと出てくるマーラーやらブルックナーといった作曲家はとにかく長いのが難点である。あまり聴く機会のない人間が聴くととにかく暇な旋律の繰り返しが多い。まあ、よく聴いてみれば、どこかの誰かの曲からパクった旋律が出て来て暇つぶしも可能なのだが、最初のうちはとにかく飽きると思う。(いやあ、偉そうに言うが、私だって学生時代はこいつらの長い曲には辟易していたものだ)仕方がないので、眠くなったら寝るのが一番だろう。そのうち、音の羅列や音階の移行に面白さや美しさを感じる時がやってくるかもしれない。まあ、私の場合はそこまで20年くらいかかったので、時間がない人は適当にしといた方がいいだろう。

そのほか、サティだとか、ラヴェルだとか、ドヴュッシーだとかいった作曲家はとにかく寝てしまうに限る。そのために、テンポの揺れのある曲を書いてくれたのだ。できれば、寝椅子の用意されたホールがいいだろう。(私はうまくチケットが取れたことはないので、実際に寝椅子のホールで寝た経験は残念ながらない。ま。その分、普通のホールではときどき意識がなくなっているけれど)

ロシア系のプロコフィエフやらショスタコービッチやらは近づかない方がましだと思うが、もし、演目に入っていたら、きれいな旋律(メロディー)を聴こうと思わずに、どんどんどん、とか、ばんばんばんとか、ビートを感じるようにすればいいだろう。こいつらは、ほとんど、ロック、特にハードロックの世界に住んでいる。美空ひばりではなく、ハードロックやパンクの世界だと思えばまちがいはあるまい。縦乗りに興じていればそのうち気持ち良くなる。

現代音楽はもっと世界が違っていて、音楽ではなく、「音」として、何を感じるか? の世界に入って来る。いわば、怪談のヒュードロドロの世界である。音楽ではなく、音として、感じるべきだろう。などと難しい事を考えなくても、最近ではドラマのBGMでこの系統の音楽は多用される傾向にある。そうドラマのBGMなのだ。そう思えば、結構面白くなるに違いない。

まあ、などとバカなことを書いてきたが、実は意外と美術の世界にも通じることが多い。

具象から抽象へ。パターンからカオスへ。ちょっと先に進みたい気になったら、芸術論を学ぶと面白いだろう。きっと、老後の20年では済まないくらいに広い面白い世界が広がっているに違いないから。