レーベルをたちあげる、たちあげてしまった(2)

仲宗根浩

具体的にどのようなデザインにし、どのような体裁のものにするか、プロデューサーである作曲者の要望を聞きながら前提をきめる。限定版にしない。曲の解説の英訳、海外への販路。その次に曲解説の原稿。これは2017年のコンサート開催時のパンフレットをそのまま使用し、新しく録音した曲に関しては書き下ろす。ジャケットのデザインは2017年のコンサートのチラシのイメージで、ということなのでその旨デザイナーに伝えチラシのPDFデータをわたす。ブックレットは最大16ページ、それに収まるように日本語解説、コンサート時の写真をはさんで英訳解説にし、あとはパンフレットのデータを待つ。その間に翻訳者をまずオーストラリア出身で先生の弟子でもあるマクイーン時田深山さんに決め、英訳が無い出演者のプロフィールを訳してもらう。プログラムのデジタルデータが届き、内容を確認すると万葉集、漢詩の引用がある。一恵先生自身による復元楽器の解説は音楽学的な部分で確認するところがあるため昔ご一緒したことがある柿沼敏江さんに依頼。いろいろ聞いてみると日本の古典や漢詩に関して既に英訳されたものは引用する場合には訳者の許諾が必要になり場合によっては使用料を求められる場合があるとのことなので、杉山さんが粗訳をしそれをピーター・バードさんにブラッシュアップしてもらう、という提案を受け進める。ブックレットに使用する写真は故平井洋さんが当時撮影したものが多くあり、ご本人のコンサート評が note にもあるので写真の使用許諾をご遺族に得る。こういう作業をしながらジャスラックへの確認、JANコードの取得を進める。マスタリング担当の櫻井さんより曲それぞれの収録時間がわかったので、ジャスラックへオンラインで申請すると、突き返される。二枚組CDの場合はそれぞれ一枚づつ申請せよ、よって先に申請した二枚目の分を削除し、新たに二枚目の分を作成し申請するように、と。オンライン上の使い勝手がいいとは言えないインターフェイスで削除、修正を終え再申請。

タイトルは新しく録音した曲名である「待春賦」に決まったので、デザイナーの林さんからデザイン案ができ、杉山さんに見てもらう。デザイン、色味に関してはOKをもらうがタイトルの「待春賦」を大きく、できれば太め揮毫、可能であれば一恵先生自身のもの。ウッ、となる。すべては先生の体調次第。先生にお願いのメールを送り、娘さんのかなちゃんにも同じ内容をLINEで送る。途中、たまに先生のご様子を伺いに行っている者から自室には筆と紙が用意されて書く気はある様子、と連絡が入る。お願いのメールを送って十日余り、毛筆のものと筆ペンのもの二種類が書きあがったとのこと。両方とも送っていただくようお願いし書が到着、すぐにスキャナーでスキャンしデザイナーへデータを送り、二つのジャケット案ができた。杉山さんにどちらがいいか見てもらう。原案より毛筆のほうを少し大きめにし表ジャケットは完成。ジャケット他のクレジットも形になっていく。ブックレットの英訳も翻訳をお願いしたみなさんからいろいろな意見が出てくるが最終的には私の判断で表記を決める。結局デザイナーの林さんにはブックレットの原稿の流しこみを含めてDTPに関わる作業を全て担ってもらった。集まったテキスト、画像データはプレス会社指定のフォーマットにレイアウトされ、櫻井さんのマスタリングされたデータも指定の形式ですべてが納入完了した。発売日が決まり、オンラインショップに海外へは郵便で配送してくれるところも見つかった。

盤が出来上がって、関係各所にサンプル盤と製品盤を送る。で、「待春賦」の録音年が2023年になっているとの指摘。急ぎお詫び訂正のステッカーを作成し手元にある盤に貼り、まで販売にいたっていない盤用に送付、SNSで告知をする。大手オンラインショップに収めた最初の30枚には貼ることができず、おのれの詰めの甘さに落胆する。全部のデータを見たら自分が入力した時点から間違っていた。まあこれもまぬけな自分らしいか、と諦める。ジャスラックへの最初の電話問い合わせ以外、やり取りは全てメールのみで済んだ。

二月の最後の日、土曜日。一恵先生の二七日。