PCR検査 教訓


仲宗根浩

旧正月と二月の暦がいっしょになった今年、十六日は旧の一月十六日であの世正月もわかりやすい、と思っていたら朝から子供が37度微熱、喉が痛いと。大げさかもしれないが念のため学校に電話をして休ませる。しばらくして体温をはからせると38.5度。病院の発熱外来の確認をする。医師会のオンライン問診を受けろとのことでアクセス方法を子供に伝え問診結果で番号が発行されそれを再度病院に伝え午後から発熱外来でPCR検査になる。職場のルールで同居家族がPCR検査となった場合は出勤できないので電話をしてその旨伝える。車で病院に行くと指定された駐車場に車をとめて降りることなく指定の番号へ電話をし発行された番号を伝え車の中で待つ。待っていると受付担当の人が来て車の窓を開けることなくガラス窓に保険証を内側から押しつけ保険証の携帯電話で撮影される。それから医師と看護師さんが来て鼻から長い綿棒のようなものをかなり奥まで入れられる子供。解熱剤を処方してもらい検査結果は翌日夕方にわかるとの事で家に戻り職場に報告。PCR検査の事は奥さんにも伝えていたので仕事途中で帰宅し家にいる。取り敢えず子供は部屋に隔離、といっても無理だがなるべく接しないようにする。やり取りはすべてLine。処方された薬を服用しても熱は下がらない。熱が出て喉の痛みは無くなっている様子。検査結果は翌日の5時頃陰性。熱も下がって来たと思った次の日に喉の痛み、足先の皮膚、指も痛いと言う。様子を見た翌日も症状変わらず、発熱は無いためオンライン問診では検査の必要ないとの結果。現状を夫婦共々職場へ報告し出勤は出来ず五日目、症状変わらないが指に湿疹が出てきたので病院に電話にて相談すると発熱はないが外来受付をしてくれ抗原検査、結果はこれも陰性。職場へ報告すると明日から出勤となる。発熱に翻弄される状況はしばらく続くのか。



何かが起こると戦闘機が飛び回る。多分海軍の偵察機かなんかが、これでもかというほどの低空で旋回する。地政学というのを持ち出して、沖縄は地政学的に云々で備えが必要だと。18歳から60歳まで出国禁止になってお国のためにと言われれば、青くなってしりごんでにげてかくれよう。

二月の最後の日曜日、平井さんの四十九日。沖縄に戻ってきてから不幸があると七日七日を確認する癖がいつの間にかついた。