木について

管啓次郎

 1
きみは何歳なの?
木は答えない
親指と小指をひろげて
幹の太さをはかってみた
ちょうど九回分
それを計算するといくつの朝?
きみに住んだのは何羽のきつつき?

 2
森で耳をすますと
枝と枝が風でこすれるのが聞こえる
姿の見えない鳥が呼びかわすのが聞こえる
何だろう動物がかけるのも聞こえる
見つからないよう息をひそめているのも聞こえる
ここまで登ってきた人たちは息を切らしている
太陽がゆっくりと旅するのが聞こえる

 3
人は木を求める
木は人を求めない
木が求めるのは土と水
太陽と(たぶん)月
にぎやかな小動物
おだやかな風、そして
垂直を教えてくれる重力

 4
裸子植物の時代が終わり
被子植物の世界になった
花と色彩が生まれ
動物は目が鍛えられた
種子も蜜も高エネルギー食
行動範囲がひろがって
地球はいよいよおもしろくなった

 5
水が木を昇ってゆく
ごうごうと音を立てて
空へと落ちてゆく
さかさの滝なんだ
銀の魚が飛びはねて
行方に迷っている
飛び散った鱗が流星になる

 6
木は伸びてゆく上に下に
空につきささる円錐の下に
にぎやかな根の国がある
枝は空の水をとらえ
根は土の水をとらえ
木とそっくりおなじかたちの
湖を彫刻する

 7
木はけっしてひとりではない
一本の木と仲間たちは
地中で手をとりあっている
そして旅をする、長い年月をかけて
種子を飛ばし
落ち葉をつもらせ
かれらの森がまた一歩すすむ

 8
木を見て森を見ない人がいる
木を見て木を見ない人もいる
大きな樹はひとつの島
そこに他の植物、苔、きのこが住む
昆虫、鳥、爬虫類、りすなんかも間借りする
生命の共和国
私に住むといいよと木がいう

 9
枯れていると思った
雷に打たれたらしい
幹の中がまっくろに焦げて
うつろになっていた
ところが春になってその木に会いにゆくと
幹から直接芽が出ているのだ
やわらかい緑の光を放ち

 10
嵐がやってきて
木々が踊り出す
大きな枝をしなわせ
風の呼びかけに答えて
今夜はかれらのパーティー
天然の音楽に乗って
私は怯えかつ魅惑される観客

 11
この土地では木は育たない
種子はいくつも飛んでくる
芽ぶいて、枯れて
芽ぶいて、倒れて
でも植物はあきらめない
この百年で一本だけ育ったんだ
それがこの痩せた木です

 12
冬枯れの木の枝に
七羽の鳥が止まって
空か未来を見ている
鳥たちはまるで果実
いまにも魂のように飛び立ち
別の土地をめざすのか
枯れ枝にかすかなたわみを残して

 13
森に行ったらひとりになって
目をつぶり
深呼吸をして
それからあたりを見わたしてごらん
どこかに輪郭がうっすらと
オレンジ蛍光色で光っている木がある
きみに呼びかけているんだ