土地の物語にはどこでも始まりがあったはずだ
それはいつともわからない古来の言い伝えかもしれないし
歴史のあるときに生じた事件の報告だったかもしれない
物語には共有された物語と
まだ共有されない私的な物語がある
それらは循環し
姿を変えてゆく
でも始まりについて
こんな例を考えてごらん
アルフレート・ウェゲナーのことだ
1910年は彼が30歳になる年
この年のある日、大西洋を中心とする世界地図を見ていて
彼にはある途方もない考えがひらめいた
南米大陸の東の海岸線と
アフリカ大陸の西の海岸線は
なぜこんなに似ているんだ?
おいおい、ぴったり重なるじゃないか
これらの大陸はじつはもとひとつで
それに亀裂が入り、やがて分かれていったのではないか
いいかい、それまでに人類にどれだけの個体がいたか知らないが
そんなことを最初に考えたのは彼なんだ
彼ひとりがその歴史を見抜いたんだ
現在われわれが知るような大陸になるまえ
北アメリカとユーラシア大陸はひとつのローラシア大陸
南アメリカとアフリカはひとつのゴンドワナ大陸だった
しかも両者はそのまえには
ひとつの巨大大陸パンゲアだった
それが彼の著書『大陸と海洋の起源』(1915年)の主張
ただ、どうして大陸が漂流をはじめたのかは
彼にもわからなかった
それでもこの物語の比較を絶したすごさは変わらないだろう
パンゲアが土地だった
それが始原の場所だった
人の始まりどころではない
世界の始原のそのはるかにまえだ
そのことは誰ひとり知らなかった
そしてこの土地(パンゲア)の最初の物語を
ウェゲナーが語ったのだ
ぼくは彼の生涯について詳しいわけではない
でも彼の名を聞けばそれだけで
反射的にグリーンランドを思わずにはいられない
天文学者にして気象学者の彼は
気球に乗ってはるかな上空に滞在した
5回にわたってグリーンランドを探検したのち
50歳の誕生日にそこで雪嵐に遭い遭難した
物語はそこまでつづく
彼の理論には何か心を奪うものがある
ヒトという種の進化史には
いくつか恐ろしいまでの頭のよさがきらめいた個体がいただろう
どんな瞬間にその洞察を得たのだろう
たとえば月光が太陽光の反射だということを
最初に見抜いたのは誰?
それはひとりだったのか、それとも
世界の各地で何人もの明察が個別に生じたのか
しかしそんな天才たちだって
ウェゲナーにはシャッポを脱ぐだろう
だってわれわれが立つこのterra firma (不動の大地)が
じつは舟のように漂流をつづけてきたというのだから
なんという物語
足元がゆらいで当然だ
ほら船酔いしてきた
われわれは
不確かだ
水惑星に
ただ浮かんでいる