犬狼詩集

管啓次郎

  45

アオバトの群れが海の上で舞う五月
回遊する魚たちが帰ってくるのを迎えよう
ぼくもほぼ十年ぶりに目を覚まし
心を風にさらす
「はじめまして」と若い鳩が発話する
ただちに起源が増幅され心を風がさらう
饒舌な流れ星がチカチカとまたたきながら
確実な着水点をうかがっているようだ
その野心に対抗するように
波に陰影をつける技を学んできた
海面は静と動の青と藍による描像
輪郭には銀色を惜しみなく使おう
装飾音のようなトビウオにあこがれて
陰画の波頭を次々に飛び超えるのが雲たち
雲よ、霊よ、回帰と描写がしずかに闘争する
雲よ、実在の名において霊を否定せよ

  46

どうしても海岸に引き戻される
煉瓦色をした鉄骨の腕が長い椅子のように真横に突き出して
ぼくらはそこに並んですわっている
七人か八人、明るい陽射しにさらされ
強い風に剝き出しになって、ビルの十二階くらいの高みから
恐怖を感じることもなく海岸を見下ろしているのだ
打ち寄せる波が白く泡立つのがわかる
カモメが鳩とともに身を踊らせる
人為的な防風林の緑が模型のように粒だって
世界がまるでミニチュアのように見える午後だ
ぼくらは小学五年生、怖れるものがない
そのうちはるか左手で白い煙が上がる
誰も「あれは何?」とは問わない、答えをすでに知っているので
恐れを知らないぼくらはそれでもぽろぽろと泣く
何が悲しいとも知らず、何に怒るともなく
この海の魚のために、この空の鳥のために