リンゴ・スターの2月

若松恵子

居間の壁にかけている今年のカレンダーはザ・ビートルズ。「水牛」の原稿を送って、月が変わって、カレンダーをめくるのが楽しみなのだけれど、1月のジョン・レノン、2月のリンゴ・スターだ。

レコード屋で手に入れたこのカレンダーには4人そろった写真はなくて、ひとりずつの肖像が毎月を飾る。内省的なジョン・レノンにじっと見つめられて「あけましておめでとう」だった。2月にリンゴ・スターというのはぴったりな気がする。(2月はジョージ・ハリスンのお誕生日がある月だけれど)スーツにタイをきちんとしめて、櫛でとかしたばかりのような前髪で、リンゴが晴れやかに笑っている。まだ翳りも、憂いも無い頃のポートレイトだ。

ビートルズについて、熱心に聴きこんだファンではないけれど、昨年11月にディズニープラスで放送された「ザ・ビートルズ:Get Back」は引き込まれて見てしまった。1969年の1月の1か月間のビートルズを記録したドキュメンタリー映画だ。アルバム『レット・イット・ビー』として発表される楽曲のレコーディングの模様と、久しぶりに観客の前で演奏しようとライブの計画をするが、それが暗礁に乗り上げ、アップルの屋上でのライブ演奏に至る、そこまでの紆余曲折の1か月間の物語だ。自分たちのオフィスの屋上で久しぶりのライブを突然行うなんて、何てカッコいいアイデアと思っていたけれど、そこに至るまでの日々を知ると、よくぞここにたどり着いたと別の感慨を抱く。

けれど、そんな舞台裏があろうと、4人そろってジャーンとギターを鳴らせば、誰にもまねのできないビートルズの世界が展開する。ジョンもジョージも舞台裏と違った顔になる。その魔法に目をみはってしまった。

今年の2月には、その屋上でのライブの部分のみを切り取って1時間にまとめた映画が期間限定で劇場公開された。「THE BEATLES GET BACK THE ROOFTOP CONCERT」だ。IMAXの大きなスクリーンで、できあがったばかりの「ゲット・バック」、「ディグ・ア・ポニー」、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」、「ドント・レット・ミー・ダウン」を聴くのは胸躍る体験だった。ステージ衣装ではなくて、レコーディングに通ってきていた日々と同じ、4人それぞれが好きな服を着て、そうでしかありえないくらい似合っているのがカッコよかった。

街に向けて音を放っているうちに、苦情が寄せられて警官がオフィスを訪ねてくる。スタッフが何とか時間を稼いで演奏を続ける様子がスリリングだ。ついに現場を確認しに屋上に上がってきた警官の姿を見た途端の4人の反応もおもしろい。ポールの反抗心が燃え上がるのを一瞬見たような気がした。警官の手前、スタッフが切ったアンプのスイッチをためらわずに入れなおすジョージの強気に拍手喝采だった。

近くのビルの屋上には、ビートルズの演奏を聴くために上がってきた人々の姿が増えていく。ビートルズの演奏を聴けるうれしさがその姿から伝わってくる。どこかから「ロックンロール!」という声が飛ぶ。すぐにジョンが「ユー・トゥー」と叫び返す。心に残る場面だ。50年以上たっても色あせない4人の音楽の魅力を、この場面が端的に語っている。