リンダ・ロンシュタットの物語

若松恵子

「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」が4月22日よりロードショウ公開された。2021年第63回グラミー賞の最優秀音楽映画賞を受賞した作品だ。ウエストコーストの歌姫、リンダ・ロンシュタットの音楽人生を描いたドキュメンタリーで、リンダの歌う姿に魅了される、あっという間の93分間だった。

「なぜ歌うのと聞かれるけれど、私が歌うのは、鳥が歌うのと同じこと・・・」リンダ自身のナレーションで物語は始まる。ドキュメンタリーを制作するにあたっては、色々な切り口があっただろうけれど、「歌うこと」に焦点をあてて何よりも彼女の歌声と歌う姿のとびきりの映像を選んでつなぐことで1本の映画にまとめた事は正解だったと思う。

実際にステージで歌う彼女の姿を見ると、アルバムジャケットの写真がもたらすイメージより、ずっと幼くて自然で率直で、彼女からまっすぐ出てくる歌声に圧倒される。ロサンゼルスのフォークロックシーンのメッカ的クラブであった「トゥルバドール」に出演するデビューの頃の彼女、ニール・ヤングの前座でたくさんの観衆の熱気のなかで歌う彼女、後にイーグルスとなるバックバンドを従えて歌う彼女、アリーナツアーをタフに続ける頃の彼女、歌う姿はずっと変わらないある種の初々しさを持ち続けている。リンダ・ロンシュタットを理解したいならば、まず彼女の歌を聞くことなのだ。

リンダ自身は作詞作曲をしなかったけれど、曲の魅力を引き出して歌う、そういう点で彼女もアーテイストだったというコメントがあって印象に残った。自分が好きになった曲を歌っていくというのが彼女の音楽人生だったようだ。彼女が取り上げることで無名であったカーラ・ボノフやJ・D・サウザーが有名になり、ロイ・オービソンやバディ・ホリーが若い人たちにリバイバルした。

また、彼女は歌いたい歌を歌うという生き方を貫いて、オペラやメキシコのトラディショナル、ジャズとジャンルも超えて作品を作った。彼女が天から与えられた「声」と「表現力」をフルに使って、どこまでも歌う事の可能性を広げていく生き方をしたということを今回の映画で初めて知った。人が歌うという事の不思議と素晴らしさを感じた。

映画のなかでもうひとつ印象に残ったのは、女性シンガー同士の友情についてだ。ロック業界という男社会の中で、いかに女性ミュージシャンたちが苦労しているのか、一方男性ロッカー自身も、つまらない男の沽券を守ろうとプレッシャーに負けてドラッグに蝕まれてしまうと、浜辺のインタビューでリンダは鋭い見解を述べている。リンダと同じようにずっと歌ってきたエミル―・ハリスが「人生のどん底にいる時、リンダに救われたの」と心からの友情を込めて丁寧に語っている姿が心に残る。1987年にそのエミル―・ハリスと尊敬する先輩ドリー・バートンと一緒につくったアルバム「Trio」のハーモニーはとびきり美しい。リンダが様々なミュージシャンとコラボしていく姿は、「曲」に自分をあけ渡して歌う姿と重なる。ひとりきりでは音楽は奏でられない。歌うという事は、他者に自分の声を届けていくという事なのだ。

2011年に、リンダ・ロンシュタットはパーキンソン病を理由に歌手活動の引退を表明した。映画のラストにナレーションに徹していたリンダが登場する。2019年の、愛らしさの残る年取ったリンダの姿だ。家族と歌う様子が流れる。歌手という仕事はおしまいにしたけれど、歌う事を続けている彼女の姿に胸が熱くなった。歌う事はやはり他者とつながるということなのだと感じられる場面だった。彼女は病を得ても自分に閉じこもらずに歌うことを楽しんでいた。