与謝野晶子と温泉

若松恵子

古書店で『与謝野晶子 温泉と歌の旅』という本をみつけた。著者が杉山由美子だというところに魅かれて買った。2010年6月20日発行のこの本のことを全く知らなかった。出版から16年も経ってしまったけれど、この本の良さがわかる年齢になって出会えてかえって良かったかもしれないと思った。

杉山由美子の著作との出会いは、『赤ちゃんができたらこんな本が読みたい』(草思社)というブックガイドだった。1995年発行のこの本を、子育て真っ最中の頃に読んだ。1951年生まれの彼女は、仕事と子育ての両立に奮闘した第1世代だ。10歳下の私たちの前を歩いて見せてくれた姉たち。勇気づけられる同時代子育てエッセイ、子どもといっしょに楽しむファンタジー、子育て中の心さみしき母が読む本、健康という幻想、子育て中にふさわしいミステリーとホラー。今、目次を追ってみてもワクワクする。なぜずっとこの本を持っていたのかがわかる。久田恵、千葉敦子、伊藤比呂美、宮迫千鶴、子育てにすぐ役に立つノウハウは無いけれど、きまじめで、子どもと共に育つことの奥深さを教えてくれるような本ばかりだった。その後、塾やおけいこごとの本を出しているのを見かけたけれど、そのジャンルには興味が無かったので遠ざかってしまっていた。

2004年に『卒婚のススメ』という本を出していて、そのネーミングが話題になっていたけれど、当時は何だかなあと思って読まないでいた。その本の文庫版をブックオフでみつけて、ふと読んでみた頃に『与謝野晶子 温泉と歌の旅』にも出会ったのだった。

『卒婚のススメ』には、杉山由美子が40代に入り、夫との関係、思春期を迎えた娘たちとの関係に悩み、中年期を迎えて体調もすぐれず思い悩む日々が綴られていた。題名から卒婚というあり方を勧める本かと誤解していたが、自身のこれからに悩みながら同じように中年期に差し掛かった6組のカップルから話を聞いた本だった。カップルの話よりも、自身について語る部分が印象に残った。きまじめで不器用な杉山由美子が、子育てと仕事を両立しようとがむしゃらに頑張ってきて、心身ともに疲れ切って「これで良かったのか」と佇んでいる。『赤ちゃんができたらこんな本が読みたい』の、はずんだ季節から遠く離れて、今は中年期の重い季節を先に歩いて見せてくれていたのだった。

『卒婚のススメ』のエピローグに「そうしてわたしは、短い旅を重ねている。はじめは健康回復のための温泉旅行が目的だったけれど、しだいに11人の子持ちなのに旅した与謝野晶子に興味を持つようになり、日本の風景や文化に心惹かれたりするようになった。日本という国の奥深い文化にもめざめ、今は日本の47都道府県制覇をめざしている。」という文章がある。『与謝野晶子 温泉と歌の旅』につながるものだ。与謝野晶子の足跡を追う旅に、明るい兆しが見えている。

そして『与謝野晶子 温泉と歌の旅』においても、旅のあいまに語られる杉山自身についての物語がいちばんおもしろい。家族から離れてとにかく疲れを癒すためだったひとり旅は、娘や友人、確執があった母との旅にまで広がっていく。そして温泉への旅をたくさん重ね、与謝野晶子の仕事と人生を辿ることを通して「中年期は関係を壊して、まっさらなスタートを切るときではない。ほころんだ関係をなんとか修復し、まわりといい関係をむすびなおす時期ではないか。長年連れ添ったパートナーとの関係は、相手の非をあげつらえば、そういういびつな関係を築いてきた自分に返ってくる。子どもはいつか離れていく。親もいずれ亡くなる。失うことのほうが多い後半生を、さらにさみしく孤独になることを選ぶのはどうだろう。晶子のように雄々しく夫も子どもも友人も仕事もひっかかえて、ただ寂寥のうちに立つというのが人間らしいのではないか。いずれは仕事すら消えていくのだ。旅しながらしきりにそんなことを思った。」というところにたどり着くのだ。杉山のこの述懐は、これから老年期を迎える私にとっても参考になる言葉だ。

この本によって、与謝野晶子は50代以降、個人歌集を出せなかったけれど、生涯たくさんの歌を詠み続けたという事を知った。叙景歌に打ち込んでいて、良い歌も多いという事だ。歌集をさがして読んでみようと思う。そして、温泉も恋しい。