半世界

若松恵子

阪本順治監督の最新作「半世界」が封切られたので、さっそく見に行った。もとSMAPの稲垣吾郎を主演に迎えた、阪本監督によるオリジナル脚本だ。

映画のパンフレットに「この映画はスター映画として観ていただければ嬉しいなと。僕はやっぱり映画はスターを見るものだと思っていますから」という監督の言葉が載っている。稲垣に与えられた役柄が炭焼き職人であることを考えると、監督の負け惜しみのようにも聞こえるが、なかなか味わい深いコメントだと感じた。

阪本は「以前から、稲垣君は“土の匂いのする役”をやったらどうかと思っていた」という。そして「小さい頃から芸能界にいれば、いろんな矛盾にさらされ戦ってきたわけで、それでも自分を失わずに続けていくには、ある種の素朴さが必要とされると思うんですよ。素朴でいることが、唯一の戦う術だと。稲垣君に最初に会った時、人の話の聞き方とか佇まいの中に、なんかそういう素朴さを感じたんです。彼は「炭焼き職人」そのものではないかもしれませんが、身体を使い、言葉少なく、淡々と自然と向き合うような役が似合うと思ったんです。実際、彼の実直でひねらない演技が、この作品に素朴さを与えてくれたと思いますし、この物語はそうした、自分の仕事と家庭に没している土着の人が中心にいなければ成立しません」と語っていた。

SMAPに居た頃には絶対来なかった役を演じている彼も、やはりスターなのだと、相変わらず輝いている彼の姿を見てほしいというのが、監督のコメントの意味であるだろう。彼がかつて立っていた光輝く世界と、SMAP解散後の彼が生きている世界。その対比もまた「半世界」というタイトルに重なっている。

「半世界」という印象的なタイトルは、従軍カメラマンとして中国に渡った戦前の写真家小石清の写真展のタイトルからとったという。日本軍を撮るのが役目であったのに、小石さんが撮影したのは中国のおじいちゃんやおばあちゃん、子どもたち、鳥とか路地裏であった。その写真展を見たときにグローバリズムとかで世界を語るけれど、名もなき人々の営み、彼らが暮らしている場所も世界なのだと解釈して、そういう思いに近付こうとしてこの映画をつくったそうだ。

自然豊かな地方都市に生まれた中学校の同級生3人が39歳になって体験する物語が描かれる。同級生のひとりは自衛隊に入り、海外派遣で心に傷を負って故郷に帰ってくる。故郷で迎える2人との関わりのなかで、戦場の世界から暮らしの世界へと彼は帰還することができる。落ちぶれるということではなく、繰り返される毎日毎日こそが世界なのだとわかることで生きる場所を得ていくのだ。「いつか、ここではないどこかへ」という漠然とした夢を抱いていた若い頃を過ぎて、この毎日こそが自分の人生なのだと引き受けて生きる、そこから始まっていく人生、その尊さを、「半世界」は充分描いていて胸にせまる。

中学校を卒業する日に3人で埋めた宝物を掘り出す印象的なシーンがある。こんな物が大事で、これが自分にとっての世界だったのかとがっかりするような、取るに足らない物が出てくる。「まだまだ続くよ」と言いながら再び埋める姿は象徴的だ。きっとこれからも些細なことが大切な世界に生きていくのだろうと分かったのだ。それは半分だけの世界を生きるという事なのかもしれないけれど。丸ごと世界を味わうような体験とは言えない人生なのかもしれないけれど・・・。

天気雨のなかの葬儀、ひっそりと葬列を見送るいじめっ子の姿を発見すること、毎日毎日繰り返される母親の台所仕事。今作もまた、阪本作品らしい魅力的なシーンがいくつもあった。

主人公の息子がボクシングを始めるラストシーンには、この地点から再び阪本の第1作、「どついたるねん」が始まっていくような不思議な感慨を抱いた。今、大人に必要な映画だと思う。ヒットしてほしいと思う。