2016年の遠藤ミチロウ

若松恵子

遠藤ミチロウ監督の映画「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」を新宿のK’s cinemaに見に行った。1月23日の公開日から、最終上映後にミチロウとゲストのミニ対談が企画されていて、私が見に行った日も漫画家の上條淳士をゲストに迎え、雪が心配される夜だったけれど、多くの観客を集めていた。

この映画は、遠藤ミチロウの「うたいながら旅をする生活」を記録したロード・ドキュメント・ムービーだ。2010年11月に還暦を迎え、ギター1本で各地を回る還暦ツアーや、彼を有名にしたパンクバンド「スターリン」の復活ライブの模様を記録するために企画された。しかし、2011年3月11日に震災が起きて、福島出身の彼の旅は、そのことに大きく影響される。予想外の事だったが、福島支援のライブや、彼の故郷、母と再度向き合う日々が記録されることになった。

この部分が無かったとしても、充分この映画は魅力をもっていると思った。演出された、自分を受け渡した顔ばかりが登場するテレビにうんざりしていたので、こんなに意志のある、それでいながら、やわらかいミチロウの顔を見ているだけでも儲けものだと思ったからだ。しかし、震災のことがなければ、福島や母が登場することはなかったと思うし、故郷や母が登場することで、より遠藤ミチロウという人を理解することができたとも言える。

福島や、母への向き合い方が自然で、正直なのがいい。原発事故後の故郷の状況についても、これまでと同じようにミチロウは怒る。故郷だから特別という事ではない。地元の人たちを苦しめている「不正」について彼は怒る。自然に対してではなく、人が引き起こした災害について彼は直観的に怒る。母親に対するスタンスも、震災が起きたからといって特別に変わるという事はない。彼は、映画の中で、「母親は苦手だ」と語っているが、震災で母親を心配には思うが、苦手だと思う気持ちは変わらない。

パンクバンド「スターリン」の時代に、その過激なパフォーマンスが週刊誌に書かれ、近所の人から「遠藤さんちのミチロウちゃんは気が狂った」と言われ、「週刊誌と僕とどっちを信じるの?」と母に聞いたら「週刊誌」と答えたというエピソードが語られる。どんな子どもにとっても、母親と分かり合うことはやはり難しい。どんなに心配してくれても、ミチロウは、はぐれた子どもなのだ。母親にとってはミチロウの現在も相変わらず「気が狂ってしまった」のと同様の暮らしぶりに思えるのだろう。

2011年8月15日に「プロジェクトFUKUSHIMA!」としてスタジアムで行われた「スターリン246」のライブ映像は、この映画のハイライトだ。スターリンをやるミチロウが、晴れやかな良い顔をしていてうれしい。スタンドの観客席(なんか檻に閉じ込められているように見えるのだが)にむかって走っていく姿もかっこいい。

スターリンが現役の頃は、日本がバブルに向かう時代で、景気の良い日本に、貧しいロンドンパンクのスピリットをお手本にした音楽が受け入れられない感じがしていたが、最近はスターリンの歌がタイムリーになっているように感じる。上映後のトークでミチロウはそう言っていた。福島でぶちまけられるスターリンの音楽を聴いていると、私もそう感じる。ミチロウのうたが、今、必要なのだと感じる。

2014年に膠原病をわずらって、映画の公開も今年になってしまったが、2016年のミチロウはひとまず元気なようだ。2月28日〜3月6日は目黒のライブハウス「APIA40」でゲストを迎えた連続ライブ「ミチロウ祭り〜死霊の盆踊り〜」も予定されている。
新宿のK’s cinemaの上映は2月10日までの予定だ。