だいちゃんの手

三橋圭介

だいちゃんといるとき、いつも手をつないでいる。少しぬめっとした感触でぼくの手をやわらくつつんでいる。ときどきかれはぼくにはなしかける。そのことばはぼくのあたまのまわりを、呪文のようにぐるぐるまわる。それでも「うんうん」ときいている。さいごに「そうだね」というと、うれしそうにうなずいてくれる。ぼくからはなしかけると、かれはきちんとわかっている。80パーセントくらいは。

このあいだいっしょに料理をした。ぼくたちの配属はサラダ係り。みんなのぶんをふくめて、やく15人。まずレタスを水であらい、「こまかくちぎってね」と。だいちゃんはちぎる。いっしょうけんめいちぎる。大きさをきちんとそろえてちぎる。おわって「トマトをきる?」ときいた。ぼくのもっている包丁をゆっくり指さし、それから自分を指さした。ぼくはまっ赤なおおきなトマトをひとつ手わたす。かれの両手がうけとった。手にあふれんばかりのトマト、たいせつな宝物のようにそっとつつみこんだ。しばらくその手に見惚れた。

だいちゃんの手はやさしいな。「ねえねえ」と肩をポンポンするだいちゃんの手、絵をかくだいちゃんの手、手をつなぐだいちゃんの手、レタスをちぎるだいちゃんの手、トマトをもつだいちゃんの手。ことばはわからなくても、だいちゃんのそばにいるだけで世界はすこしだけやさしい気もちでみたされる。世界にふれるだいちゃんの手はいつも微笑んでいる。