アリババはネコババの始まり

さとうまき

デジタル紙芝居の初演を終えて、いろいろ反省点も出し合いながら、次回公演に向けて稽古が続く。僕は20年前のバグダッドを思い出していた。

ちょうど20年前の10月。サダム・フセイン大統領の信任投票が行われ町中が沸き立っていた。サダム・フセインは100%の得票で信任されたのである。車の中ではラジオから、「サダムが2500ドル相当のお祝い金を全国民に配るという噂が街に流れている」というニュースが聞こえてきた。同乗していた文化省のネダさんの大きな目がさらにぎょろりと輝き、嬉しそうに通訳してくれた。しかし、ネダさんが行く先々で真意をただすと、単なる噂に過ぎず、サダムからのプレゼントは「恩赦」だそうで囚人が釈放されるだけらしい。ネダさんは結構本気で大金が転がり込んでくることを期待していたようだったので、かなりがっかりしたようだ。

独裁者は、脅して言うことを聞かせるだけでなく、実際に人気があった。特に当時のアメリカのブッシュ大統領はとんでもなかったから、イラク国民はサダムを支持していた。世界中で多くの人がサダムを支持したわけではないが、ブッシュを批判していたから、サダムがかなり輝いて見えた。

バグダッドの印象は古い都というよりは、1991年の湾岸戦争から続く経済制裁で、疲弊しており、10年も20年もタイムスリップした感じだったが、それにもまして、サダム・フセインは自らをネブカドネザル2世の再来と位置づけるものだから、紀元前の世界にやってきたような感じがしたのだ。

町のあちこちには、サダム・フセインの銅像が立っていたが、優れた彫刻もいくつかあった。千夜一夜物語をモチーフにしたもので「アリババと40人の盗賊」の女奴隷、モルジアーナがカメに入った盗賊たちを煮えたぎった油で殺していくシーンだ。ところが、イラク人達はその女性像のことをカハラマーナと呼んでいた。この像は、モハメッド・ガニー・ヒクマット(1929-2011)が作った。

「古いバグダッドで小さな宿を経営している父親を手伝っていたカハラマーナと呼ばれる若くて賢い女の子がいました。父親は台車に空の瓶をいっぱいに積んで持ってきて、翌朝、それぞれの瓶に油を入れて市場で売りました。
寒い冬の夜、カハラマーナは物音を聞いて、瓶に泥棒が隠れていることを発見しました。彼らの頭が少し瓶から見えていたのです。カハラマーナは父親の部屋に行き、彼を起こし、彼そのことをはなしました。彼らは、騒音をたてて、泥棒が瓶の中から出られないようにしておき、彼女は泥棒が隠れているすべての瓶に沸騰した油を注ぎ始めました。泥棒は叫び始め、次々と瓶から飛び出し、警察が来て彼らを逮捕しました」
という話がもともとバグダッドに伝承されていたらしい。この話がベースにアリババと40人の盗賊が作られたらしいが、千夜一夜物語の原本にはなくて、どうもシリアのアレッポあたりで作られたという説もある。だからバグダッドでは、モルジアーナではなくてカハラマーナなのだ。

イラク戦争がはじまり、サダム・フセインがいなくなると、町中の人々がみんな盗賊になってしまった。慌てて病院に薬を持っていくことになった。なぜなら、病院に在った薬がすべて略奪されてしまっていたからだ。蛍光灯やらコンセント、スイッチから何から何までごっそり持っていかれている。電線を盗もうとして感電して病院に運ばれる患者もいた。勿論米軍の攻撃で怪我をした人たちもいたが。そしてなんと米兵たちもいろんなものを盗んでいった。骨董品や美術品の類は特に彼らが好んでネコババしていった。腎臓とか、角膜を盗んでいったという噂もあったのだ。

ガニーさんは、戦後盗まれた美術品を回収するのに尽力したという。芸術を愛する庶民が闇市場で買い戻し、ガニーさんのところに届けに来たという話もあるそうだ。彼の最後の作品は、「イラクを救え」だった。楔形文字の書かれたシュメール時代の円筒印章がおられているのを5本の腕を持つ超人が支えている。なんだか勇気を貰える作品である。デジタル紙芝居の最後の決め台詞。「アリババはネコババの始まり」
 
11月13日 神保町ブックハウスカフェにて
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