アーデル君

さとうまき

「ハウス」で働くことになったアーデル君は、シンジャールの出身のヤジディ教徒なのだ。先月書いた「くそにまみれた友情」のメンバーの一人だ。2014年、ISの攻撃を受けた。お父さんが軍で働いていたので、情報が早く村を無事に出ることができた。親戚がドホークにすんでいて、身を寄せたが、彼らがドイツに移住したのでこれまた運よく難民キャンプに入らずに済んだ。

そもそも、アーデルのお兄さんが、フェースブックでうちで働かせてくれといっているうちにドイツに行っちゃって、弟の面倒見てほしいといわれたのだ。友人のユカリ先生が、だったら、日本に連れていって、難民として受け入れよう!とかもりあがってしまったので、ともかく、アーデルに会いに行ったのだ。

この青年は、ドホークの大学で生物学を勉強していた。
「俺には未来がない」ともかく暗い。
「イスラム教徒がいつ襲ってくるかわからない」
いや、ここはクルド自治区だからISもいないし、大丈夫だよ
「72回歴史上虐殺されてきたんだ」
彼は、自分は優秀だと思っていて、「海外で勉強したい」という。他の難民に比べたら、大学に通えているんだから、ともかく卒業しなよ。ということで、励ました。結論はというと、暗すぎて、日本に連れてきても、鬱になってしまいそう。

月日は流れて、アーデルも大学を卒業した。近所の高校で生物を教えているという。
「それは良かったね!」
といったが、また、文句が始まった。
「俺は、優秀な先生で、生徒たちの人気者なんだ。でも、こんな仕事は耐えられないのでやめてしまった」
やめてしまったの? それで、うちで雇うことになったのだが、プライドが高い。しゃべり方が偉そうなので、「もっと謙虚にしゃべれ」と注意した。ドライバーは、大学を出ていないので、下に見ている。「こいつは、世界一の運転手なんだぜ!」というと、嫉妬しだして、「どうして世界一なんだよー」と涙目になる。

事務所について一緒に暮らすことになった。早速、試しに仕事を頼んでみた。
斉藤くんが、「一緒に行きましょうか」というので、「いやいや、試してみよう」ということになったが、買い物からなかなか帰ってこない。タクシーが道がわからず、ぐるぐる回っているうちに、二つ頼んだ買い物のうち一つをすっかり忘れてしまって戻ってきたのだ。

「タクシーのドライバーが悪いんだ」と言い訳がはじまる。斉藤くんは、「どうしてこんなのを拾ってきたんですか」といわんばかりにイライラしていた。たしかに、役に立たないばかりか、偉そうにいいわけするところが引っかかる。

翌日、違う仕事を、斉藤くんと二人でやってもらった。斉藤くんは、「厳しいですよ」と嘆いて帰ってきた。一か月の給料は払ってしまったので、仕方がない、コーヒーでも入れてもらおう。「どうやってコーヒーを入れるんだ?」こいつ、俺はお茶くみじゃないとでも言いたいのか? ところが、コーヒーの入れ方を教えたら、その日から、コーヒーを入れてくれるようになった。うん? このコーヒー、うまい。とりあえず、アーデルを首にすることはなくなった。
(つづく)

*ハウスとは、JIM-NETがイラクのアルビルに作った小児がんの総合ケア施設
 日テレで放送されましたので是非こちらの動画をご覧ください
 http://www.news24.jp/articles/2017/03/30/10357766.html