カハラマンマラシュで被災した家族にお見舞金をいくらか渡して、イスタンブールに戻ってきたときには、雨も上がっていた。今回いろいろと面倒をみてくれたシリア難民のムハンマッドは、家に招待してくれて、晩飯をごちそうしてくれるという。妻に電話して、マンサフと呼ばれる家庭料理でもてなすように指示していた。実は、僕はこのマンサフがどうも苦手なのだ。マンサフとは羊肉を、ジャミードと呼ばれる固形ヨーグルトを溶かして煮込んだものなのだが、とってもくっさいのである。しかし、うまく断る理由もない。
イスタンブールの飛行場は、数年前に新しく森を切り開いて作られた。周辺に戸建ての新しい街が作られつつあり、市中よりも家賃が安いのかシリア難民も最近多く住み着いているという。ムハンマッドがドアを開けると女の子たちがムハンマッドに抱き着いてきた。「娘さん?こんにちは!」とあいさつすると、「この子たちは、兄の娘で、戦争孤児なんだ」とムハンマッドが説明してくれる。ダラアで爆撃に巻き込まれ、両親は即死。女の子だけが3人残された。お爺さんが、彼女らを連れだし、先にトルコに難民として避難していたムハンマッドに合流して一緒に暮らしている。ムハンマッドが自分のこどもと一緒に面倒を見ているのである。
真ん中の女の子は、8歳くらいなのだが、特に甘えん坊でムハンマッドに抱きついて離れない。もうずいぶん前にベツレヘムの孤児院を訪れたことを思い出す。イスラムの世界というよりは、家族の問題なのかもしれないが、結婚前に妊娠したりしたら、一族の名誉のために、母子ともども殺してしまうことは、しばし起こりえるので、病気で入院したことにし、生まれた赤ちゃんを引き取る施設があった。カトリックでも堕胎が許されないので同じように子どもを出産してこっそりと引き取っていた。そこへ見学に行った時、子どもたちが抱きついてきて離れようとしない。この子たちは、愛に飢えているのだ。全く同じような感じがした。
思えば、トルコには340万人をこえるシリア難民が暮らしている。トルコとしても、シリア難民を今後どうするのか、大統領選でも、野党の候補はシリア難民を帰還させることを公約したし、エルドアン大統領も、強制送還はしないが、100万人は帰還させたい意向を選挙戦で語っていた。今回地震の難を逃れたシリア難民ですら、将来を思えば明るい材料はないのだ。
さて、いよいよ夕食だ。アラブ式は、机の代わりに、床にビニールシートを弾いて、そこに大皿の料理が並べられて、それをみんなで取り分けて食べる。ついにマンサフが登場。ところが、羊の代わりに鶏肉を使っていたので、臭みもなくてとてもおいしかった。
子どもたちの笑顔! ムハンマッドも通訳のアブドラも、そして運転手もとても優しそうな顔をしていて、いい奴なのである。みんな、マンサフ食べて幸せな気分。故郷の味は決して忘れることはない。
おしらせ
イラク戦争から20年「メソポタミアの未来」展を開催
7月26日ー8月28日 11時~19時
赤羽「青猫書房」
さとうまきが今回のツアーで最終目的地としたイラクで手に入れた子供の絵や、版画作品などを展示します。
https://aoneko0706-0828.peatix.com/