12月29日に、友人のダンサー今在家裕子さんが映画上映会を企画したというので見に行くことにした。今在家さんは、イスラエルのカンパニーで11年間踊ってきた人。たまたま僕がかかわっていたベツレヘムの難民キャンプへもしばしば足を運んで、難民たちが作った刺繍製品を日本で販売したりしてパレスチナを応援してきた。
しかし、昨年の10月7日、ハマスの奇襲攻撃がありガザ戦争が始まってからは、イスラエルの友人や、イスラエルに住む日本の友人たちとの距離も微妙になっているという。そんな中で、企画した映画が「私は憎まない」というタイトルで、ガザ出身の医師、イゼルディン・アブラエーシュ博士の物語。2009年のイスラエルのガザ攻撃で娘3人、姪を失った。それでも博士は憎まずにイスラエルとの平和を訴えているという話だ。
ガザでは、43000人を超える死者がでて、たぶんそれからもっと増えていて、そういうくらいニュースには正直うんざりしてしまって、見ざる聞かざる言わざるの猿状態になっていた。こんな立派な医者の話を聞いたところで、何もできない自分に落ち込むだけだ。それだけではなかった。2011年にイゼルディン医師が、「それでも私は憎まない」という本を書いたときに、鎌田實医師は「アハメド君の命のリレー」という絵本を書いていた。それで、日本に呼んできて対談するので手伝ってほしいと言われたのだが、あいにく僕はイラクにいて講演会には参加できなかったことがある。
絵本の内容は以下のような感じ。アハメド君は、ジェニンでイスラエル兵に狙撃され脳死した男の子。父イスマイルは、その悲しみを横に置いて、なんとイスラエルの病気の6人の子供を救うため、臓器移植を承諾した。平和への願いを込めてという美談だ。
しかし、ドキュメンタリー映画「ジェニンの心」では実際に何が起きたかを伝えている。イスマイルさんが、実際に臓器をもらったイスラエルの子どもたちに会いたいといった時に、喜んで応じたのは、北部に住むドゥールーズ教徒の少女、南部のベドウィンの子どもで2人ともアラブ人だ。残りのユダヤ人は、イスマイルさんに会おうともしなかった。しぶしぶ会うことになったユダヤ人の一人は、「感謝は伝えたいが、友達にはなれない」と言い切る。メディア的 “美談” とは無縁の位置で、犠牲と平和の意味を深くとらえたドキュメンタリーと紹介されている。
*ジェニンの心はBS世界のドキュメンタリーで短縮版https://youtu.be/NJIBeQzdtaw がご覧になれます。
でも鎌田先生の手にかかれば、美談として、読んだ人々に希望を与えるのである。美談を読むと人は満足してしまって、それで終わってしまう。何も変わらない。「私は憎まない」という美談めいたタイトルに抵抗があって、これだけ多くのパレスチナ人が殺されているのに「憎まないことが素晴らしい」なんて言われてもなあという気がしていた。そんな、美談をいまさら聞いて、満足して一体どんな意味があるんだと。しかし、今在家さんが、苦しみながらも企画したイベントだから気になっていて、見に行くことにした。実際見てみたらすごい映画。こちらもメディア的 “美談” とは無縁なのかも。
イゼルディン博士は、教育こそが現状を変えると信じ、イスラエルの病院で研修医となり、産婦人科で、ユダヤ人の赤ちゃんを取り上げる医師として働き、ガザから毎日イスラエルの病院へ通っていた。2009年、彼の家がイスラエル軍に包囲された時、友人のユダヤ人のジャーナリストと電話でつないで惨状をレポートした。そして、数日後には、生放送中に電話がつながり、まさに彼の娘たちの頭が吹っ飛び脳みそが飛び散っている様子が報道された。壮絶なTV番組になってしまった。
彼は、それでも、イスラエルとパレスチナの平和の架け橋になりたいと訴える。
I shall not hate.
なんて訳せばいいのだろうか? 憎まない? 憎んではいけない?
ただ、彼は戦い続ける。イスラエル軍の民間人を無視した攻撃に対して法廷で争った。裁判では、うその証言ばかりが並べられた。テロリストが屋上にいたとか、攻撃は、ハマスのものだ、娘の体から取り出された武器の破片はハマスの使用したものだとか。判決は、テロとの戦いの付随的な民間人の犠牲者に対して、イスラエル軍に責任はないという結果だった。それでも、博士は戦い続ける。怒りを憎しみに変えて復讐しようとするのではなく、真実を伝え続ける。彼は決してあきらめないで戦い続けている。そんなバイタリティに心を打たれた。
イゼルディン医師の最近のインタビューはこちら。
https://www.vogue.co.jp/article/my-view-izzeldin-abuelaish
「人間には憎む権利があります。特に最も愛する存在を奪われたとき、憎しみの感情が芽生えることは自然な反応です。しかし、私は自分に問いかけました─この悲しみと怒りを、この強い衝動をどのように扱うべきなのかと。そして選んだのは、残虐な行為とその犯罪性に反対の声を上げ、暴力の連鎖を防ぐために責任を持って行動すること。」
アフタートークで登壇されたNGOの手島さんによると「ガザの人々は、明日の命、食べ物のことで精いっぱいで、もはや憎しみの感情すらもわからなくなっている状況です」と言っていた。
12月8日にシリアではアサド政権が崩壊し、混乱が続く。この機に乗じてイスラエルは、レバノンだけでなくシリアへの攻撃も活性化している。ガザのことを忘れかけていた僕にとっても映画を見に行ってよかったと思った。イゼルディン医師は、個人のできることを過小評価しないでほしいと言っていた。小さなことだけど、僕はコーヒーを数か月前から売ることにした。500円のコーヒーを500個売っても、15万円くらいしかガザにおくれない。それでも何か少しでも役に立っているのかなあと思うと嬉しくなってきた。
コーヒーはこちら!
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2005年は平和な年になってほしい。
あけましておめでとう。