ベイルート(大量)殺人事件

さとうまき

今年の6月、僕はベイルートにいた。イスタンブールでお金を盗まれてしまい、当初予定していたシリアへ行くお金が無くなり、さてどうしたものか、パレスチナが気になっていたが、帰りのチケットの関係でとりあえずは、レバノンに数日滞在することになったのだった。今回の旅の目的の一つは、アラブの人たちがいかにパレスチナに連帯しているかを見てくることだった。トルコでは金を盗まれ、僕がそれどころではなかったし、イラクでは、出会う若者は、パレスチナの話はあまりどちらでもよくてアニメの話をしてきた。レバノンはさすがに違うだろうと期待する。

予約していたホテルに朝6時に到着したのだが、夜の10時から翌朝10時まで電気がないという。西ベイルートのハムラ通りは、言ってみれば新宿のような繁華街なのに、ほとんど電気が来ないというのである。レバノンは数年前から財政破綻していてホテルですら燃料が買えずに自家発電ができないところがたくさんあるという。コンピュータが動かないからチェックインできないというのでロビーで仮眠して時間をつぶす。気が付くと10時になったのでTVのスイッチが入ってニュースが流れていた。レバノン南部では毎日のようにイスラエル軍とヒズボッラーが交戦している。

ベイルートは今のところ平穏だが今後どうなるかわからないという緊張感で、ホテルの従業員もニュースに見入っている。
「さあ、チェックインするの?しないの?」フロントの女性はてきぱきとした英語で聞いてくる。
「夜、電気が来ないんですよね」
「そうよ、夜は寝てればいいわよ」
「僕は、夜行性なんで、いろいろ仕事したいし」
「早く決めて頂戴」とせかされる。

僕は、結構体力的にも、何よりもイスタンブールでお金を盗まれた精神的なショックから、これからホテルを探す気にもなれなかったが、電気がないともっと落ち込みそうだったので、できるだけ停電時間の少ないホテルに移動することにした。実際10時を過ぎると街中は真っ暗だった。ホテルのオーナーは、いかにヒズボラが素晴らしいかを説明してくれた。「俺は、暴力で問題を解決することは、反対だが、レバノンを守らなければならない、ヒズボッラーの党員でも、支持しているわけでもないが、イスラエルが攻めてきたら一緒に戦う」戦争が激化することを恐れていた。

何とか気力で、知り合いの日本人と会ったり、シリア難民を訪問したりした。そしてベイルートに来ると必ず、シャティーラパレスチナ難民キャンプを訪れる。昨年10月から始まったイスラエルのガザ攻撃に怒りの声を上げるパレスチナ人たちの様子も見たかったのだ。パレスチナに行けない分、難民たちとともに連帯したい。訪問するたびに、パレスチナ人の置かれている状況はひどくなっている。レバノン経済が悪いから当然なのかもしれない。パレスチナ難民はレバノンでは冷遇されていて、仕事にも就けない。キャンプのインフラは最悪だ。ガザはイスラエルの占領にパレスチナ人は苦しんでいる。レバノンのパレスチナ難民は、レバノン政府の弾圧、差別政策に苦しんでいる。最も、レバノン政府にしてみれば、勝手にやってきた難民を保護する義務もないというわけだ。レバノンは難民条約に批准してないのだから。

キャンプ内を歩くと、ごみがあふれていた。おなかをすかせた牛が2頭と羊が数匹ゴミ捨て場でものすごい勢いでごみをあさっている。悪臭が漂い、狭い路地裏に人々があふれながら何とか生きているのだった。世界は、あたかも、パレスチナ人はガザや西岸だけだと思っている。レバノンのパレスチナ難民には誰も関心を持とうとせず、見捨てられてしまっていた。レバノンのパレスチナ難民たちは、自分たちのことで精いっぱいで、デモに行く元気すらないように見えた。

まもなく一年になろうとするガザ戦争。ハマスに連れ去られた人質の解放の交渉は遅々として進まず、ネタニヤフ政権に反対するイスラエル市民たち50万人が先日デモやストに参加した。ネタニヤフはそれでも戦いをやめようとしない。最近はハマスと共闘するヒズボラを壊滅させると言い出し、レバノンを攻撃しだした。

9月17日には、ヒズボラが使うポケベルが一斉に爆発し12名が死亡2800人近くが負傷した。イスラエルが5000のポケベルに爆弾を仕掛けたとされている。ヒズボラは、イスラエルに居場所を特定されないように、携帯電話の使用をやめてポケベルで連絡を取り合うようになったという。イスラエルは、そのことを知りハンガリーにBAC社という会社を登記し、台湾のゴールドアポロ社からライセンスを取ってこのポケベルを製造し、レバノンのヒズボラへ売りつけた。ヒズボラ幹部からの発信を装って一斉に端末を爆破させたというのである。

ハンガリー政府によると、BAC社は、国内に製造拠点を一切持たないと発表しており、このポケベルが一体どこで製造されてレバノンに運ばれたのかは謎である。18日には今度はトランシーバーが一斉に爆発し、20名が亡くなり450名がケガをしたという。トランシーバーは日本の会社、アイコム社製でmade in Japan と書かれていたそうだ。しかし、アイコム社によるとすでにこのタイプのトランシーバーは10年前に製造中止しているらしく、これまたイスラエルの偽造品である可能性が高い。

ヒズボラは、イスラエルに報復を行うと息巻いてみたものの、何もさせてもらえず、9月27日には、ヒズボラの党首、ナスララ師が、いとも簡単に暗殺されてしまった。ネタニヤフの人気は再び上がり始めた。ぞっとした。