赤ベコとウクライナ

さとうまき

ロシアのウクライナ侵攻が始まってから5か月がたった。ニュースは毎日ウクライナ情勢を伝えてはいるが、人々の、いや明らかに僕の関心は薄れている。それは悪い事ではない。僕はイエメンとかシリアのことをやんなきゃいけないので「黄色と青」に染まっているわけにはいかないのである。

そんなある日、松戸の古い友人がいきなり電話をかけてきた。
「ウクライナのチャリティイベントを知ったんだけど、あなた、興味あるでしょ」
松戸の美術家協会が、松戸在住の作家から作品を寄付してもらい販売することで、収益を松戸市に避難してきたウクライナ人に寄付するらしい。
「あなたも作品出しなさいよ。主催者に電話しといたから」
友人は人のいうことは聞かない。ほっとくと一人でしゃべり続けるが主語がよく抜けるので要領を得ないことが多い。
「はあ? 作品って? 僕は、ウクライナ行ったことがないし、松戸にも関係ないし」
「聞いたら、あなたのような国際協力やっている人に参加してほしいって。松戸市民でなくてもいいって!」
なんでも、近所のアパートにウクライナ人が越してきて、ごみの出し方をやさしく(厳しく)教えてあげているうちに国際協力に目覚めたらしい。
「ともかく主催者の版画家の宮山先生には話はついているので、ちゃんとHP見てから連絡して」
と言われて電話が切れた。

HPを調べてみる。宮山広明氏の作品は、6枚の銅板に色を混ぜて刷られており、一見日本画のような繊細な花が色鮮やかに描かれていた。「花は様々な役割を果たすモチーフである。だが多くの人は、誰に教わることもなく花に人の心を見る。歴史という直線は、人の心を得て広大な面として立ち上がる」という。こんなすごい人たちが作品を売るわけで、第一僕がなにか描いたところで、売れもしないから全然貢献できない。そもそも何を描くのか? 時間もない。

また友人から電話。
「先生に連絡した? あなたに会いたいって言ってたわよ」としつこい。
僕はたまに、はったりをかますことがあるから、先生が誤解していると困るので、ともかくお会いして断ろうと思った。というわけで好奇心もともない、アトリエを訪問することにした。先生はすい臓がんを患っていらして、病院から帰ってきたところだという。化学療法の影響か、顔色は土色に焼けていた。「肺に転移していることがわかり余命数年と言われてますが、あと数年生きれば、新しい薬ができるから、自分は死なないんですよ」と前向きだ。同時に今できる事をやらないと明日はわからないという覚悟も感じた。何とかこの先生に協力したいと思い始めた。

それで、赤ベコを作ることにした。赤ベコは、2011年福島原発事故の際には復興のシンボルとして注目された会津の郷土玩具である。当時はウクライナから専門家が来ていろいろ日本を助けてくれた。私たちもチェルノブイリの経験を学ぼうと必死だった。ガイガーカウンターがなかなか入荷せず、やっと手に入いれた日本製の物は、高い割には数値があてにならない。何台か買い換えて、ウクライナ製の物に落ち着いたのを思い出す。今度は、ウクライナが大変な時だから、赤ベコで恩返しだ。

使用済みのコーヒーフィルターでボディをつくる。これは、イエメンへの思いを表現している。実は、僕は1994年にイエメンの工業省で2年間働くはずだった。しかし、たったの一か月で戦争になり追い出された無念さがある。2015年にはまた内戦になり、今世紀最悪の人道危機とまで言われている。イエメンはウクライナ産の小麦を輸入していたので、戦争の影響をもろにうけ、食料危機に拍車がかかっているのだ。僕は、最近イエメンのモカ・コーヒーを買って何とかイエメンを豊かにしたいと思い、ひたすらイエメン・コーヒ―を飲んでいる。フィルターも捨てずにとっている。そこに、図書館から廃棄する英字新聞を貰ってきて、ウクライナ戦争のキーワードを切り出して、黄色と青のマスキングテープで貼り付けていくのだが、黄色と青はきれいなコントラストとは裏腹に僕には不安や恐怖を掻き立てる色になってしまった。そんな、わさわさした今を表現してみた。

宮山先生の展覧会は無事に終了した。そもそもこんなものは、あんまり売れるものでもなく、幸いなことに材料はリサイクルなのであまりかからないが、伝統的な張り子の技術を使うので手間暇がやたらとかかる。今回は値段を下げて買いやすくするというコンセプトだったので全部売れて何とか貢献することができたが、版画と違い複製がきかないから費用対効果がわるい。

それに比べて、NGOのウクライナ支援はすばらしい。日本政府は、2億ドルの人道支援と6億ドルの財政支援をウクライナに約束した。日本円で合計1000億円ほど。35億円がジャパンプラットフォーム(JPF)という援助業界を牛耳るNGOを通して8団体で分け合うそうだから一団体4億円が取り分だ。もっとも、計画中のNGOも含めると20団体になるそうで、そうなると一団体当たりの取り分は1.7億円くらいに減ってしまう。そこで、民間からも5億円集めようとHPで呼びかけている。援助ビジネスにのっかればお金も集まり、援助団体も儲かり、ウクライナの人たちもハッピーになる。それに比べたら、なんで僕はこんなに効率の悪いことやっているんだ?と時々反省する。「ま、いいか」と納得するしかないのだが、ジャーナリストは、どうなんだろう。

戦争取材はお金もかかるが、映像は高値で売れる。ドキュメンタリー写真家の森佑一さんは、協力隊でヨルダンに行き、その後写真家に転向した。数年前に内戦下のイエメンを取材したが、金がかかり、殆ど回収できてないと言ってた。ウクライナと違って、イエメンはもともと注目されていない。今回は、うまく回収できるだろうと見守っていたが、現地では取材そっちのけでボランティアをしていたというから、なんとも費用対効果の悪い取材になってしまい、またしてもほとんど回収はできていないそうだ。

そこで、僕たち2人で費用対効果の悪い展示をしようということになった。ま、そういうのもいいんじゃないか?
8月15日(月)~8月28日(火)下北沢のギャラリーカフェ&バー、ルーデンスにて詳細は以下
https://www.facebook.com/events/719106075825835/