詩人で映像作家の鈴木志郎康さんが亡くなられた。
三年前に『リトアニアへの旅の追憶』で知られるジョナス・メカスが亡くなり、その影響を強く受けた『日没の印象』を撮った鈴木さんが亡くなったことで、いわゆる日記映画をアメリカと日本で生み出した作家がいなくなってしまったことになる。
ナチスの手から逃れ、アメリカに亡命したリトアニア人のメカスと、日本で生まれ育った鈴木さんの映画作品は同じ並びで語られることは少ないのかもしれない。けれど、私には何気ない日常の中で映画作品を撮ることのヒントを与えてくれた重要な作品群を鈴木さんは見せてくれた。
『日没の印象』はただコダックの十六ミリカメラを手に入れたという喜びからスタートする。生まれたばかりの赤ん坊を写し、乳をやる妻を写す。講師をしている学校へ行き、カメラを見せびらかして、列車の車内の様子を映し出していく。何もない。何も起こらない。それなのに、私たちの日常がこれほど美しいものなのか、ということを鈴木さんはため息交じりに教えてくれる。
十六ミリのモノクロのフィルムで写された神々しいまでの妻とその乳首を含む赤ん坊の姿はまだ十代だった私の記憶のなかの風景のひとつになった。
今年還暦を迎える私はいまだに、この作品を年に一度は見直しているのだが、見ている私も作者である鈴木さんも現実の世界でどんどん老けているのに、フィルムに映っている鈴木さんや鈴木さんの家族は1975年当時から当たり前のことだがまったく老けない。それどころか、印象としては見る度に若くなっていく気がするのは、それもこちらが老けたから、というほかないのだろうけれど。ただ、不思議なことは『日没の印象』という映画を見つめている私自身の気持ちは初めてこの作品を見たときの十代の頃と何も変わらないのだ。鈴木さんの眼差しに触れ、その先にある様々なものを愛おしく思う気持ちは、見るごとに新しく沸き上がってくる感情で、決して以前の気持ちを思い出しているというものではない。
そんなことを思いながら、今日、あの時の私と同じ十九歳の若い学生たちに『日没の印象』を見せると、彼ら彼女らの間から、「おもしろい」という声があがる。私はなんとなく、彼ら彼女らの中に、あの頃の自分がいるのではないか、という錯覚に陥る。