かなへび

植松眞人

 まだ学校に上がる前、正人はとかげを殺してしまったことがある。見つけたとかげを逃さないようにと勢い込んで掴みにいき、自分の手のひらで圧してしまったのだった。あの時の手の感触はいまでも残っているのだが、それでも正人はとかげが好きだった。虹色に光るぬめっとした体が良かった。
 今日も学校から帰ると、家の中にランドセルを放り込み、草っ原へ向かった。とかげを捕まえようと草っ原に駆け込むと、すでに自分より年かさの近所の子どもたちが集まっていて、缶けりをして遊んでいた。一番年上が小学校六年生、一番チビが正人と同じ小学校二年生だった。何日か前、かくれんぼの最中に一番年上の子のズルを言い立てたことがあり、その次の日から正人は遊びに誘われなくなった。
 勢い余って狭い路地から草っ原へと飛び出したので、近所の子が五人ほど遊んでいる真ん中へ飛び出してしまった。缶を蹴ろうとしていた隣の家の子は、誘わなかった正人が突然現れたからとても驚いた。驚いて、缶を蹴るタイミングを逸して、足を缶の上に滑らせ、そのままもんどり返った。
「お前がびっくりさせるから、やろ」
 と一番年上の子が言った。
 その声に押されるように、その場にいた全員が正人を非難がましい視線でぐいっと睨みつけた。唯一、草っ原に横たわってしまった子だけが、恥ずかしそうに視線を落としていた。
 一瞬、その子と目があったような気がするのだが、目が合ったことが余計に恥ずかしいのか、相手も頑なだ。もう二度と顔を上げようとしない。缶はその子の体の下にあるので、みんなも缶けりを続けることもできず、かといって正人に殴りかかるほどの理由も勢いもない。正人が草っ原に飛び出してきたときのまま、近所の子どもたちがただじっと動けなくなってしまっていた。
 その時、草っ原に横たわっていた子が声を上げた。
「とかげや!」
 そういうと、みんなが一斉にその子が指差した方へわらわらと集まった。
「とかげはもっときれいやろ」
 六年生が言うと、みんなが正人を見た。正人は理科の先生から「お前は虫博士やなあ」と言われるくらいに理科が得意だった。特に昆虫や小動物に詳しく、みんなが採ってきた虫の名前がわからなければ、正人のところに持ってきて名前を聞いたりするほどだった。
 正人はみんなの視線の先にあった小さくすばしっこく動く動物をじっと見つめながら、「かなへびや」とつぶやいた。
「そうや、かなへびや」
 六年生が言うと、他の学年の子どもたちも同じように、「かなへびや、かなへびや」と声をあげた。声に驚いたのか、かなへびは草と草の間を縫うように逃げていく。正人はしばらくの間、逃げるかなへびを視線で追いかける。
「ぼくな、かなへびの茶色の体がかっこええと思うねん」
 正人がそう言うと、みんなも口々に、かっこええとか、早いなあとか、言い出し、なんとなく周辺の草を足でザクザクと触り、かなへびを草の間から追い立てようとしたのだが、かなへびはもう二度と出てこなかった。その代わり、驚いて倒れていた子は、すっかり立ち上がっていて、正人はかなへびという名前を知っていたおかげで、みんなとの距離を詰めていた。
 助かった、と思った正人は、用心深くみんなのあとをついて、草っ原をいちばん後ろから横切っていく。(了)