エレガントマンション

植松眞人

 急に斜めに折れたり、行き止まったり、三叉路になったり。都市計画という観点が微塵も感じられない路地を歩く。近くを流れる一級河川が氾濫すれば、このあたりは見事に水没するという真っ赤な地図も見たことがある。そのためか家賃が安く、年寄りと外国人、そして、芸大の学生が卒業してからもこのあたりから逃げられないらしい。それでも町の鎮守の森はしっかりとあり、梅雨時に始まる大きな祭には法被をきた男たちが路地の角ごとに祭に協賛した商店や個人をを公表する看板を立てる。
 遠くでは祭り囃子の練習をしている太鼓の音が聞こえる。不思議なもので、祭り囃子が聞こえるだけで、さっきまで貧乏くさく見えた曲がりくねった路地が、意外に味のある路地のように見えてくる。そのことを知っているのか、法被を着た男たちも、普段よりも少し自信ありげな顔をして、知らず知らず道の真ん中を歩いてしまい、自転車の年寄りに迷惑そうな顔をされている。
 なんとなく目の前を歩く法被の男の後を追う形になる。そこに、別の法被を着た男が合流して目の前を二人の法被の男が歩いている。その後を付いていくと古いマンションのある三叉路にやってきた。男たちは互いに言葉を交わすと三叉路を右と左に分かれて行く。どちらの後を付いて行こうという気持ちも起きずに、古いマンションの前に取り残される。見上げると白い外壁には職人の手によって模様が付けられている。そこに長年の汚れが入り込んで、まるで薄い模様の入った風呂敷で包まれているかのようにも見える。そして、外壁には大きく太い文字が表記されていて、『エレガントマンション』とある。一昔前の美容室の店名によく使われていたようなゴシックのようでいて、払いの部分が妙に装飾されていたりする。『エレガント』という文字を表記するからには、文字の種類もエレガントでなければということなのだろう。
 そんなことを考えている間に、左右に分かれて行った法被の男たちの姿は見えなくなっていた。どちらかに付いていけば良かったのかと思ったが、もうすっかり出遅れていて、そろそろこの三叉路を右に行くのか,左に行くのかを決めなければと思いながら、ふと振り返るとまた別の法被を着た男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。(了)