JRは大阪駅で、阪神電車と阪急電車は梅田駅だった。もともと大阪市には北区梅田という地名がある。鉄道の駅がどこにあるのかをわかりやすくするという意図で考えれば、梅田駅という名称は間違っていない。しかし、JRが北区にあるターミナル駅を大阪駅だと言い、その近くに新大阪駅を作ってしまうと、どうしても梅田駅はローカル色を帯びる。観光客、特に海外からの観光客には梅田駅とは大阪のどこにあるのだと迷ってしまう人が多くなっていたという。そして、東京オリンピックが開催されるという前年の2019年に「大阪梅田」という駅名に改称された。ついでに阪急京都線の「河原町駅」は「京都河原町駅」となった。
そんな住所を省略して作ったようなわかりやすい新しい名前を見ていると、小馬鹿にされたような気になってしまう。それでも、こちらも還暦を迎えたシニア層の大人なのでとやかくは言わない。言わないけれど改称から二年以上経っているのに、駅で配布された冊子にまれに「梅田駅」と書いてあるのを見ると逐一、駅員に見せてやろうかと思ったりもする。もちろん、思うだけで実行はしない。
思うだけで、ということが増えた。思うだけで言わない。思うだけでやらない。そんな思うだけが少しずつ体の中に貯まっている気がする。そんな時に、「大阪梅田」という文字を見ると、二行に改行して、
大阪
梅田
と真四角にしてしまいたくなる。
真四角になった大阪梅田は大阪と梅田のはずなのに、今度は梅大と田阪にも見えてきて、もう世の中の名前など単なる記号なんだ、わかりやすければいいんだ、と言われているようでむかっ腹が立ってきたりもする。もちろん、そう思っているだけで誰かにそれを言うことはないけれど。
もうすぐ十二月だというのに、コートを着ると汗ばむような陽気の日に阪急電車に乗って大阪梅田に向かっていた時のこと。乗客がガラガラだったからだろうか。車掌さんはアナウンスをした。
「まもなく、梅田、梅田、大阪梅田でございます」
なんだよ。梅田なのかよ、と嬉しくなった。
(了)