映画を観に新宿へ行く。

植松眞人

 娘が高校生、息子が中学生くらいの頃、我が家は火の車だった。経営能力もないのにバブルの残り香が漂っていた時代に、勢いで個人経営の会社を作ってしまったので、リーマンショックに直撃され、人員的にも経済的にもどうしようもない状況だった。
 そのことは子どもたちも分かっていたと思う。会計を担当していた家人とは言い争いがふいに沸き起こり、子どもたちはそれにそれぞれの部屋で聞き耳を立てていたに違いない。私学に通っていた娘には奨学金をとってもらい精神的にも不安な気持ちにさせたことだろう。
 それを誤魔化すかのように、当時、週末になるとよく新宿の映画館に映画を見に行っていた。ディズニー映画、マーベル映画などの子どもたちが喜びそうな映画を選んでは、「映画にでも行こうか」と誘ってみる。おそらく、家人も経営のことを忘れたいという気持ちがあったのだろう。ギスギスしがちな状況だったのに、毎週のように映画に行っていた気がする。親子四人で楽しむ遊びの中で、映画代を出すくらいが限界だったということもある。
 娘は中学生の頃から、よく名画座などにつれて行っていたので、アートシアター系の映画にも慣れ親しんでいた。ただ、息子の方はもう少しエンタテイメント嗜好の映画が好きだったこともあり、あまり二人では行くことはなかった。
 その日、家族で観た映画は、少しエンタテイメントに寄っている感じの映画で、娘は少ししらけた顔をしていた。家人と私は子ども向けならこんな感じだろうな、と納得していたのだが、この時、私は失敗してしまった。
 映画の後、食事をしている時に、こう言ってしまったのだ。
「お前は、ああいう映画が好きなんだよね」 そう言われた瞬間、息子は大粒の涙を流したのだ。一瞬、私は自分がなにを失敗したのかがわからなかった。そして、涙を拭いながら泣いていないふりをしている息子を観ながら、息子は息子でエンタテイメント映画が好きなのだろうと決めつけられていることが嫌でたまらなかったのだろう。ある意味、子ども扱いされているのと同様だし、なんなら姉ちゃんのようにちょっとは難しそうな映画を楽しみたいと思っていたのかもしれない。
「ごめん。そういうつもりじゃないんだ」
 と、私は取り繕ったのだが、そういうつもりで言った言葉は取り消せない。その時、息子に対して持った、すまなかったという気持ちは十年ほどたった今も忘れることができない。(了)