いつだって月は欠けている。

植松眞人

二十八歳の彼女は自分の影を見ていた。小さな影だなと思った。いままでに男と別れても悲しいと思ったことはないし、どうせ次の恋に落ちるのだと思うと新しい服を買いに行くときのようなワクワクとした気持ちになった。さっきまでの恋もいままでと同じように、すぐに思い出に変わるし、別れた後も友だちとして一緒に遊びに行けるようになる。実際、来月みんなでキャンプに行くことになっていて、最後はその予定を確認し合って店を出た。その時に、自分たちが別れたという報告をすればいい、という話もした。ようは気持ちを恋愛から友だちへシフトすればいいだけだ。フェイスブックの「交際ステータス」の項目にある「交際」を解除して、そのまま友だちとしてやりとりする。そんなものだと思ってきたし、そうしてきた。

それなのに、別れ話をして、手を振って男と別れて山手線に乗り、たったいま池袋駅のホームにたくさんの人と一緒にはき出された途端に、自分がとても弱い人間だと言われている気がした。それはとても嫌な感覚だった。その嫌な感覚をあぶり出すように強い陽ざしに照らされて、ホームの上にできた自分の小さな影を見ていると、いままでに経験したことのないほど激しい悲しさに包まれた。

しばらくの間、彼女はホームの真ん中で立ちすくんだ。行き交う人たちの肩にぶつかり、影が揺れた。影は揺れるばかりで、それ以上小さくもならず大きくもならなかった。

ひときわ強く、サラリーマン風の男が彼女の肩にぶつかった。その瞬間にあげた彼女の顔は大粒の涙をぽろぽろと流れ、化粧が剥がれとても醜かった。

でも、そんな醜い顔を見る人さえいなかった。彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、気を取り直してフェイスブックページにアクセスした。半年付き合った男との交際ステータスを変更しようとしたのだが、すでに男からアクセスをブロックされていた。彼女は思わず吹き出しながら、「早すぎっ」と声に出すと、友だち申請の項目を開いた。そして、友だち申請を保留にしていた何人かの男のうち、仕事先の一つ年下の男の子に申請許可を出した。