2022年3月12日にジャワのマンクヌロゴ王家でマンクヌゴロX世の即位式があり、インターネットでも中継された。というわけで、今回は即位式で上演された舞踊について。
●マンクヌゴロ家のブドヨ
マンクヌゴロ王家は16世紀後半にジャワ島中部に興ったマタラム王国の流れをくむ4王家の1つ。マタラム王国は1755年にスラカルタ王国とジョグジャカルタ王国に分裂し、その後、1757年にスラカルタ王家からマンクヌゴロ王家が、1813年にはジョグジャカルタ王家からパクアラム王家が分立した。これら4家のうち宗家にあたるスラカルタ王家には、王の即位式および毎年の即位記念日に上演する『ブドヨ・クタワン』という舞踊が伝承されているが、それ以外の王家には即位式や即位記念日に決まって上演される特定の演目があるわけではない。
私が留学していた間、マンクヌゴロ家での即位記念日で上演されたことのある演目は『ブドヨ・スルヨスミラット』と『ブドヨ・アングリルムンドゥン』である。同家のブドヨとしてよく知られたものには『ブドヨ・ブダマディウン』があるが、私が知る限り(1996年以降)では即位記念日には上演されていない。この曲は1939年に作られたものだが、先代上の2曲ほど特別な曲ではないということだと思う。『ブドヨ・スルヨスミラット』はマンクヌゴロIX世のためにスリスティヨ・ティルトクスモ氏が振り付けた作品で、1990年のIX世の結婚式で初演された。音楽は故スリ・ハスタント氏。王家で作られた芸術作品はその時代の王の作品と見なされる。したがって、この作品はマンクヌゴロIX世の作品とされ、IX世が亡くなった時にもしばしば名前が挙がった。独立以前とは状況が異なり、現在、王の名前で新に舞踊曲が制作されることはほとんどない。その意味でも非常に重要な曲である。このブドヨは9人で踊られる。もっともブドヨは本来9人の女性による舞踊なのだが、分家のマンクヌゴロ家では本家に遠慮して9人ではなく7人で上演されてきた。その意味でも同王家のブドヨとして異色である。『ブドヨ・アングリルムンドゥン』はマンクヌゴロ家で作られた7人のブドヨだが、即位式で上演された振付で最初に上演されたのは1983年である。
●スラカルタ王家の『スリンピ・アングリルムンドゥン』
スラカルタ王家の音楽家が著した音楽伝書『スラット・ウェドプラドンゴ』によると、1790年に『ブドヨ・アングリルムンドゥン』がマンクヌゴロ家のマンクヌゴロ1世(1757-1795)からスラカルタ王家のパク・ブウォノ4世(1788-1820)に献上された。パク・ブウォノ8世(1858-1861)が即位すると、これをブドヨからスリンピ(4人の女性による舞踊)に変更し、さらに歌詞の多くも変更した。しかし、前半と後半の楽曲、および振付はまだそのままだった。パク・ブウォノIX世(1861-1893)が即位すると、後半の曲が「ラングン・ギト」に、そのイントロにあたる女性独唱の歌詞も「スリナレンドロ~」に変更された。現在、スラカルタ王家で上演されているのがこの形である。『スリンピ・アングリルムンドゥン』はスラカルタ王家でも『ブドヨ・クタワン』に次いで古く、重い曲とされている。なお、この現在の形での完全版だが、2012年にインドネシア国立芸術大学スラカルタ校の舞踊団と私とで島根県(第20回庭火祭、熊野大社)で上演している。
●マンクヌゴロ家での復曲
このように『ブドヨ・アングリルムンドゥン』は本家に献上されたため、それ以降はマンクヌゴロ家では上演されていなかったのだが、近年、マンクヌゴロ家の方でも復曲されるようになった。1982年には3人の踊り手により上演された。そして、1987年に7人により上演されたのが現在のバージョンである。
実は、私の師匠のジョコ女史も3人版の構成に関わった。昔は3人のブドヨとして踊られていたので、それを再構成してほしいと依頼されたそうだ。3人のブドヨの踊り手がスラカルタ王家に献上され、そこで1人足して4人のスリンピとして上演されるようになった…とジョコ女史は聞いたので、スラカルタ王家の振付を3人で踊ってもおかしくないようにフォーメーションだけ調整したとのことだった。
しかし、後になって本来は7人のブドヨだったことが判明し、それでマンクヌゴロ王家はあらためて7人のブドヨとして再構成をすることにしたらしい。それはガリマン氏が手掛けた。このガリマン版も前半はスラカルタ王家の『スリンピ・アングリルムンドゥン』と音楽・振付は同じである。後半は新曲を使っているが、スリンピの場合の曲と雰囲気が似ている。また、動きの型や振付の流れも元のスリンピを生かしているので自然である。異なる要素としては、フォーメーションに旧来のブドヨにはなかったような新しい要素も入っているのと、スリンピに比べて時間が10分短くなっていること(入退場も入れて約40分)、そして弓を手にしていることである。元のスラカルタ王家のスリンピや3人版だった時のブドヨでは弓は手にしていない。とはいえ、実はこの元のスリンピにはパナハン(弓合戦)と呼ばれる振付がある。極めて抽象的な動きになっているが、その振付があるために、弓を持っていても不自然には感じない。