2月19日の春節にちなんで、今月は中国の姫が出てくるジャワ舞踊「アダニンガル・ケラスウォロ」を紹介しよう。これは、アミル・ハムザ(イスラム聖人マホメットの叔父)に懸想する中国の姫=アダニンガルが、彼の妻の一人であるジャワの姫=ケラスウォロに戦いを挑み、負けるというメナク物語を題材にしている。メナク物語はペルシャ由来のイスラム布教の物語である。中国の姫が出てくるので、この作品は通称「プトリ・チナ(中国の姫の意)」とも呼ばれる。ここでは、マンクヌガラン王家(スラカルタ王家の分家)、スラカルタ芸術大学、ジョグジャカルタ王家の3バージョンを比較してみたい。
マンクヌガラン王家版は、「スリンピ・ムンチャル」というタイトルで、スリンピ形式(4人で踊るため、中国とジャワの姫が2組出てくる)に仕立てている。中国の姫の上半身の衣装は少し清王朝風(ただし袖はない)、化粧と髪飾りが少し京劇風で、三つ編みを背中に垂らす。下半身に巻いた布、上半身の服、サンプール(腰に巻く布)の色のコントラストが赤×黄×青など、派手だ。またその所作だが、合掌とか所々のシーンで、ペコちゃん人形みたいに首を振る。ジャワの姫のおっとりした動きと対比させているのだろうが、私の目には華人を戯画化しているように見えて、実はあまり好きではない。ジャワの姫は弓、中国の姫はピストルを持って戦う。中国の姫は負け、おいおい泣く。大げさだけれど、少し可愛げも感じられる。
スラカルタ芸術大学版(1970年代初めに伝統復興運動の一環で振付けられた)では、中国の姫は長袖のベルベットの赤の衣装で、襟元が黒。髪型はジャワの花嫁のように黒のパエス(一種の隈取)を施し、ジャスミンの花房を垂らす。中国風だがシックだ。が、所作は大げさで、つっぱったような動きが多い。そして、ジャワの姫との戦いのシーンはかなりスピーディーで激しい。2人は最初は剣を突き合わせて戦うが、お互いの手から剣を叩き落とし、ついに中国の姫はジャワの姫の顔をビンタする…。女の戦いは恐ろしい…と感じさせる振付だ。このあと、ジャワの姫は弓で中国の姫を負かすのだが、中国の姫は倒れているだけで泣かない。
ジョグジャカルタ王家版では、2人の姫はズボンを穿く。中国の姫は頭や長袖の上着にジャラジャラとコインのついたチェーンを巻きつける。バブルの頃に、こういうコインをジャラジャラさせたチェーンベルトが流行ったなあ…とふと思い出すが、中国人=お金をジャラジャラさせているという発想のように見える。それはともかく、ジョグジャカルタ版の特徴は、姫2人の動きが木偶人形振りであること。そのため、戦いに押し合うような動きが出てくる。中国の姫はいつも手の人差し指と中指を立てているので、中国拳法のような動きにも見える。この中国の姫は腰に鉄球みたいな武器をぶら下げていて、これをぶんぶん振り回す。ジャワの姫が勝利すると巨鳥ガルーダが舞台に出てきて、ジャワの姫を載せて去っていく。このガルーダは被り物で中に人間が入っており、キッチュな代物だ…。この鳥は2人の女性が取り合う男性を象徴しているとも言う。
これら3バージョンを見ると、ジャワ人が抱いていた中国の姫のイメージは、京劇、中国拳法、お金、派手な色、激しい性格…というところだ。同時にこれは、欧米人受けしそうなイメージだなとも感じる。おそらく、ジョグジャカルタ王家でもマンクヌガラン王家でも、ショー的な要素の強い舞踊だったのではないだろうか。