用事を終えて帰宅した瞬間、少し目眩。どうやら軽い熱中症になってしまったようだった。ということで、今日はすべてを諦めて部屋でぐうたらしている。幸せである。水をがぶがぶ飲んで横になっているうちに眠ってしまったようで、目を覚ましたころには少し陽が傾いていた。
夢を見た。延々と石膏像の素描をする夢だ。
中学生のころ、受験のために絵画塾の夏期講習に数週間通っていたことがある。白い壁、白い床、青白い照明。何の色気もない事務テーブル、丸椅子、イーゼル、他の生徒の作品などが雑然と並べられている。そしてひたすら、その空間の中で石膏像の素描をしたのだ。画溶液の匂いだろうか、きっと絵画に関わっている/いた人ならあの独特な匂いがわかると思う。室内には、少し酸味の混じったような匂いが充満していた。
わたしにとってあの塾の夏期講習は正直なところ、非常に苦痛な時間であった。今まで自由気ままに絵を描いてきたのに、所謂受験のための課題をこなしていかなければならないからだ。学校がつまらないのと一緒で、カリキュラムに沿って、型にはめていくような作業が病的に苦手なのであった。それでも高校は行くべきだと思っていたし、美術と関わっていくには基礎を学ばなければならなかった(と当時は意外と真面目に考えていた)。
講習中は頻繁に鉛筆を削りながら、空が青い…外は陽射しが強くとても暑そうで、蝉の声が響いているな…漫画読みたいな…などとどうしようもない現実逃避をしていた。ヴィーナスの胸像を眺めながら、何のためにわたしは絵を描いているのか、と考えだす始末だった。とんでもなく辛抱できない奴なのであった。夏が苦手なはずなのに無性に外に出たくて、陽の光を浴びたかった。基礎を学ぶ重要な時間なのは事実だったし、自分で選んだ道なのにも関わらず。忍耐のないわたしには1日中その場所に縛られていることは地獄でしかなかった。無機質な部屋から家に帰ったときの安堵感といったら。なんかやたら空や森の美しさに感動していたような気がする。
とはいえ、嫌だ嫌だと思いながらも一応講習は乗り越え、先生方ともうまくやれたし、私のなかでは若きころの唯一頑張った小さな試練として記憶に残っている。
ちなみに、今となっては素描ほど楽しいものはないな…と思っている。対象物をじっくり観察して、無心で何種類もの尖った鉛筆で陰影をつけていく作業は、ちょっとした瞑想に近い。うるさい思考が静かになっていき、身体の芯が整う気がする。最近そういう作業と距離が遠くなっているからか、時々やりたくなることのひとつになっている。だから夢に出てきたのだろうか。このひどい暑さも作用して。