雨の宵酔い

璃葉

“緊急事態宣言”が解除されて、呑み屋やバーが少しずつ活気を取り戻してきた…ような気がしている。気がしているだけなのかもしれない。已む無く閉めた店もあるし、まだまだ人の入りがさびしいところもあるだろうが、行けるところには足を運びたいと思って、バー巡りをちびちび再開している。

この何週間かは突然初夏のような気候になったり、雨の降る寒々しい日が続いたりして、なにだか振り回されっぱなしである。先日、知人ととあるバーに行った日も、土砂降りの雨だった。しかも冬に逆戻りしたような寒さである。風もつよい。突風で安いビニール傘も裏返る。気圧のせいか頭もちょっと痛いし、こんな日は正直おうちでぬくぬくしていたいところだが、1ヶ月以上前から約束していたのだ。楽しみにしていたし、行かないわけにはいかない。
知人は酒の化身なのではないかと思うほどの超絶酒飲みの女性で、しかも、この界隈では有名な雨女らしかった。バーに到着してまもなくその話を本人から聞き、なるほど今日のこの大雨は運命だったのか、と納得するのであった。

連れられて来たバーはとても素敵な空間だった。広くも狭くもなく、照明は明るくも暗くもない。壁棚にはウイスキーのボトルがずらりと並んでいる。あと、緑の壁紙が最高にいい(自分はくっきりした色味の壁色に弱い)。落ち着きがあるのに、そこまでかしこまっていない雰囲気で、気を遣わず、楽にお話しができる。インテリアや品揃え以上に、店主の作り出す何かであったり、見えない色々な何かが混ざり合って出来上がった空間はそこにしかないものであるから、また来たいと思う。こうして好きなお店が増えていくのだ。
ヒューガルデンホワイトから始めて、ウイスキーに雪崩込み、すっかり楽しくなってしまって、話も盛り上がる。何杯飲んだか覚えていないが、久しぶりに酔っ払った。

帰り道、雨はすっかり止んでいた。火照った顔に吹く雨上がりの冷たい風が気持ちいい。冬のような冷たい空気なのに、冬にはぜったいに感じることのない上品な白い花の香りが辺りに充満していた。繁った桜の葉は電灯に照らされて、妙に鮮やかな緑に光っている。やっぱり今は春なのだ。このしっとり澄み切った空気は山の中にいるようだった。するりと流れていく風にのってやってくるいいにおいを肺に入れたくて、思い切り深呼吸をしながら歩いた。貴重な夜道だ。雨女様に感謝である。