緑がまったく見当たらない場所に住んでいた頃に、
ひとつの救いとして買った観葉植物のガジュマルが、
最近になって死にかけていることに気付いた夏の終わり。
ガジュマルはクワ科の植物で、気根という地中から突き出た根が特徴的だ。
じゃがいもから足が生えたみたいなその奇妙な根っこがわたしは大好きなのだ。
そんなガジュマルが夏前から突然元気がなくなり、葉も落ちて枝も弱々しく細くなった。
唯一伸びてきていた粒みたいな芽は2日ほど家を空けているあいだに枯れてしまった。
あわてて水をたっぷりあげたり、ちょっと謝ってみたり昼間はなるべく外に出すようにしていたら、ほんの少しだけ葉が回復した気がした。
名古屋にある実家に1週間ほど滞在することが決まったのは、そんなときだった。
いま1週間放置したら確実に死ぬガジュマルを放ってはおけなかったので、
すこし悩んだ末、大きなエコバッグに入れて持っていくことにした。
実家の庭に生えているのは、ゆずの木と乙女椿、百日紅、金木犀、その他いろいろ。
その向こうには背の高いクヌギ、桜、ケヤキなどの雑木林が広がっている。
小さい頃から変わらない木深い一面がすぐそばにある窓際に、ガジュマルを置いた。
この環境に慣れるかしら、と少し様子を見ていたら、瞬く間に元気になったのだ。
買ったときからおとなしいやつだと思っていたわたしは勘違いをしていた。
3日後にはどんどん葉が増え、今までにないぐらい生き生きしはじめる。
第二次世界大戦中に執筆されたJ.R.Rトールキンの長編小説「指輪物語」に、
木の牧人と呼ばれる「エント族」や動く森が登場する。エントは歩く巨木だ。
急ぐことを好まず、ゆっくりと森をさまよい、木々に語りかけ、ケアをする。
世界が闇に覆われ戦争が始まるとき、「エントの寄合」がひらかれ、
多種多様の樹木同士が集まって悠々と静かに話し合うシーンを思い出す。
ガジュマルも、会合ではないにしろ、近くの木々となにかをゆっくり話したのだろうか。
東京に戻ってきてからも枝はぐんぐん伸び続けている。不思議だ。