187 汚職

藤井貞和

「汚職で、逮捕されるまえに」と、
父は言いのこし、『詩集』を一冊、
家族の元に書き置いて、

きょう、帰らない旅に出ると言って、
それきり、帰ってきません。

新聞にはだれもが悪く言い立てるけれども、
私には汚職が、父ののこしたしごとなら、
非難をしにくいのです。

詩を書くことが、汚れたしごとなら、
汚れた言葉を『詩集』にまとめることが、
この世から見捨てられる人の、
さいごの証しなら、

怒りで汚れたこころを、
ぼくだって、うたうだろうと思います。

汚い言葉で、書いたらまとめたくなる。
それが汚職なら、
あなたはこころに従いました。

むずかしい時代になると、
けがれた手で書いて、
もっとだめにしました。

汚れた言葉を遠慮せよ、
だれもが父に言いました。

怒りで汚れたこころを、
ぼくはうたいますか。


(おとうさん、50年が経ちましたね。だめなぼくは50年、自粛に明け暮れてきました。)