214 も・ろ・は・の・ヤ・バ・イ 

藤井貞和

生徒さんのひとりが、諸刃のやいばを言い間違えて、
もろはのヤバイと言ったので、その日からせんせいの教室は、
やばいことになりましたよ。

黒マスクのジョオが、「おれは危(やば)い身だ」などと言いながら、
追われてやってくる。 『死者の書』を戦場から、持ち帰った、
加藤道夫(劇作家、1918―1953)の「思い出を売る男」です。

悪魔と神とが、パリの屋根のしたで、
大げんかして、(ヤバイです。)
実存主義の夕暮れよ、50年代。

夕暮れ村を、倒木が跨ぎ越えます。
河原の沙の幼い木でした。 仔リスが恋しいね、
さよならを愛した心、森のおくがヤバイっす。

神と悪魔と、倒れた会話と、巫女の一人でした、わたし。
あなたが哲学を追いかけるならば、
空(そら)になりますよ、わたしゃヤバイから。

 
(俗語や卑語は苦手です。『なよたけ』〈1944〉などの劇作あり、折口信夫の『死者の書』を背嚢に隠しおおせて軍務から生還するも、酷評に耐えかねてか、傷心の遺書(ありえない)。私の半世紀前の中学時代には友人たちが「思い出を売る男」〈1951〉を上演、そういう時代でした。危(やば)いは、そこに出てくる台詞、「悪魔と神」=サルトル演劇。)