222 伝承の木

藤井貞和

大江さんの詩を引いて、
あなたは書きました。

 四国の森の伝承に、
 「自分の木」があって、
 谷間で生き死にする者らは、
 森に「自分の木」を持つ。
 ……

という一節です。

大江さんの詩を、
わたしは知らなかったので、
机のうえに投げ出したままで、
疲労にとりつかれます。

「そこにいるのはだれですか。」
「幽霊さんです。」
あなたを追悼する文を、
あしたまでに書かねばなりません。

あきらかに幽霊のわたしです、
と、そこまで書いて、
古い夢だったなと思い出す。

あなたはすこし距離を取るというか、
大江さんに対して、
だれもが距離の詩を書く今日ですが、

わたしは、
自分の木を持たないです。
午後の陽がここにして弱くなり、
わたしを見捨てて顧みないかのようです。

午睡から醒めると、わたしの、
「自分の木」が消えてゆきます。

(福間健二さんの追悼詩を書こうとして、あしたが締め切り。福間さんの「詩について語る」『詩論へ』①〈二〇〇九・二〉をぼんやりひらくと、大江さんの詩というのが引用されている。)