大江さんの詩を引いて、
あなたは書きました。
四国の森の伝承に、
「自分の木」があって、
谷間で生き死にする者らは、
森に「自分の木」を持つ。
……
という一節です。
大江さんの詩を、
わたしは知らなかったので、
机のうえに投げ出したままで、
疲労にとりつかれます。
「そこにいるのはだれですか。」
「幽霊さんです。」
あなたを追悼する文を、
あしたまでに書かねばなりません。
あきらかに幽霊のわたしです、
と、そこまで書いて、
古い夢だったなと思い出す。
あなたはすこし距離を取るというか、
大江さんに対して、
だれもが距離の詩を書く今日ですが、
わたしは、
自分の木を持たないです。
午後の陽がここにして弱くなり、
わたしを見捨てて顧みないかのようです。
午睡から醒めると、わたしの、
「自分の木」が消えてゆきます。
(福間健二さんの追悼詩を書こうとして、あしたが締め切り。福間さんの「詩について語る」『詩論へ』①〈二〇〇九・二〉をぼんやりひらくと、大江さんの詩というのが引用されている。)