針(はる)――翠の石室49

藤井貞和

峠に針が、
つきささっている。

紐を縫いかけの、
行路死人が針をつきさしている。

はるも(=持)し、はるもし、
声の迷う峠に、
骨の針をだれかがひろう。

針よ、ゆびの血で、
うたをそこに書いてください。

(むがし、弘法さまが近江の国に行ったど。峠にかかったら、一人の年寄りが斧ば研いでだど。「爺さま、何すったどごや」「ん、針にするべて」「斧研いで何年すて針なるや」「はて、何年だべな。ほでもなんねても言わんねべ」。ほんで弘法さま、はっと悟ったど。したらば「わしは峠の神だ。それで悟りが開けたべ」て、居ねぐなったど──『語りの廻廊』〈野村敬子著〉より。「くさまくら─旅のまる寝の紐絶えば、あが手とつけろ。これの針〈はる〉持し」〈『万葉集』20、4420歌〉より)