仙台ネイティブのつぶやき(66)外でゆらゆらと揺れる

西大立目祥子

 体調をくずした4年前、何か定期的に運動したほうがいいかなと考えて思い浮かんだのが太極拳だった。運動が得意じゃない私でも、ゆっくりと体を動かすのならできるような気がしたのだ。フラダンスもいいけど、あれはふくよかな体型でふわふわのロングヘアじゃないとね。
 近くに気軽な感じのサークルはないかなと思っていたら、チャンスは向こうからやってきた。近所でばったりと出会った知人が「私、いま太極拳の帰りなの」というではないか。聞くと、私の家から自転車で7、8分の公園で週に一度の練習をしているという。試しに見学に行ったら、ゆらゆらと揺れるように動き続ける動作がなんとも魅力的に感じられて、その場で入れてもらうことに決めた。

 このサークルはもともとすぐ近くの仙台管区気象台の職員が、昼休みの短い時間を利用して健康づくりのために始めたのだという。やがてOBが増えていって、そこに私が入り、公園でやっているから人の目につきやすいのかウォーキングしている人が入れてくださいと加わり、いまではほとんどが通りすがりに入ってきた人の集団になった。つい2日前の練習でも、また一人新たな人が加わった。でもまだ現役職員の人もいて、週末のくわしい天気情報や異常気象について教えてくれたりする。大型台風接近のとき気象庁の記者会見のテレビを見ていたら、東京転勤になった練習仲間が登場!ということもあった。週一の練習のときだけ会うわけだからちょっと距離がある一方で、1時間半ほどの間は同じ動作をともに繰り返すという何とも不思議な関係が続いている。

 仕事や用事で休むこともままあり、家で復習を繰り返す熱心さにも乏しい私でも3年が過ぎるころから、「24式」という基本のかたちは何とか身についてきた。自転車乗りと同じように、頭で次々と先の動作を考えなくても体は動く。とはいっても、型をそのまままねるように動くだけではもちろん不足で、からだの動きの一つ一つをじぶんの感覚で体得していくのは何とも難しい。自転車なら倒れずに走れれば体得できた、ということになるのだろうけれど、太極拳の場合はただまねているのか、本当に骨盤に体が乗っているのかをまだ習得の途中にあるじぶんが判断するのは至難だ。でも、スポーツのフォームや楽器演奏の姿勢をプロである先生が見れば、打てるか、いい音が出せるかがすぐわかるように、動作のまねにとどまっているか体を使い切って動いているかどうかは、先生はお見通しなのだろうけれど。

 昨年からは新しい人がつぎつぎと加わったこともあり、基本に立ち返り、ひとつひとつをていねいに復習する練習が多くなってきた。たとえば、「両腕で大きな球を持ち抱えるようにして動く」というのが太極拳の基本なのだけれど、あらためて意識しながら動いてみると、これまでのじぶんの動きでは不足していたことがわかる。より大きな弾力ある球体を、常にからだの前に抱え持っていなければならないのだ。これまで私が持っていた球は小さ過ぎたな、と教えられる。体得するとは、こうやって繰り返し繰り替えし基本に忠実に動く中で、からだの実感を深めていくことなのだろう。

 西洋と東洋のからだの使い方の違いについて、気づかされることも多い。たとえば、小学校で習い覚えたからだをピンと伸ばす直立不動の「気をつけ」の姿勢は、もろくて疲れやすい。太極拳では直立不動ではなく、膝と背をゆるめた姿勢をとる。この方が長時間立っていても疲れにくいのだそうだ。そして「お腹」というとき、中国では胴周りを、おへそまわり、その上の胃のあたり、さらにその上の胸に近いあたりと、3つの部位に分けて指し示すのだそうだ。背骨の関節を基本にして、お腹をとらえているのだろうか。だから、からだを前、後ろ、左右に倒す準備運動も、お腹の高さごとに4回ずつ、つまり12回もやるのです。

 と、こんなことを書くといかにも真面目な生徒のようだけれど、外での練習なので、ときおり吹き渡る風にうっとりとし、すこんと抜けたような青空に晴れ晴れとし、曇天は曇天でまた少し落ち着いた心持ちになるという具合で、相当にこの野外で過ごす気持ちよさに支えられているのは確かなことだ。
 いつもすぐ近くには、わざわざテーブルと椅子を運んできて麻雀に興じる年配男女グループがいるし、テリアやプードルや柴犬にリードをつけて集まっている飼い主集団もいる。
 汗だくになって走り続けるランナーがいるかと思えば、フードデリバリーのリュックを背負った若い人がベンチに座り込んでスマホを見続けていたりする。公園ののどかな風景を目にすると、私はすぐ集中力が途切れてしまい、子ども連れよりペット連れが多くなったのはいつごろからなのかなあ、デリバリーのお兄さんは時給いくらくらいなんだろう、などとつい世相を考えてしまう。
 そして、草の上で何かをついばむ鳥の姿に、帰ったら図鑑で名前を調べようと考えたり、腰をかがめば目に入る虫の動きに気をとられて人と違う動きをして苦笑い。振り返れば中学高校のころも、風が入る窓際の席でよそ見ばかりしていたっけ。

 こんな気の抜けた練習ではあっても確かに効果はあるのだと思う。9月はそれを痛感した。用事が重なり2週続けて休んだら、石でも詰まったようにからだが重く苦しくなり、椅子に座っているのもつらくなった。一昨日のわずかな練習で、石はどこかへ消え、ふっと楽な感じが戻ってきている。

 練習は冬も外だ。幸い屋根付きのスペースがあるので、雨が降っても、木枯らしが吹いても、雪がふっても外。みんな「外だからいいんだよね」といいあいながら集まってくる。気象台のプロが、「相当危険だから中止」と号令をかける以外は。